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2007年12月04日

【 立ち行かないターゲット化されたネット広告の現実 】

FacebookのBeaconがユーザからの顰蹙をかって出稿元が大慌てで手を引いたり、そのデータ保存/破棄のあり方が公の場で取りざたされたり、EUあたりではエンドユーザの動向を捕捉した上での広告配信について制限を設ける旨が検討されていたりして、一部のエージェンシーが来るべく時代のドル箱と期待していたネット広告の未来は(特にマイニングされターゲット化されたものに関しては)なかなか思惑通りに進まず、かなりコスト高な仕組みになりそうな気配が漂い始めている。

そもそもパーミッション・マーケティングの昔から(もうすでに死語と化してしまっている)、いかにこの手のアクションが従来のマーケティング活動やSP活動に比べてコスト高になるかは分かり切っている(実際の金銭的なものも、それから、あらゆる側面におけるリスクにおいてもだ)。

そもそも広報活動と言う雲をつかむような分野でパフォーマンスを問いすぎる今と言う時代が、余計に事態を渾沌の世界へと導いているような気がしなくもない。過去半世紀+αの時代に、広告業界、特に上流を牛耳っている雲の上の奴らが無闇に請求書に記載されるブレークダウンを増やし続け、ゼロの数を増やし続けてきたことのツケが、世代をこえてようやく今まわってきたと言うのが本当のところなのだろう。
行き着くところは、ハイプをなくしゼロを減らし続けるか、パフォーマンス(らしきもの)を如何に数値化して(それらしく)みせるかと言う究極の選択肢しかのこっていないのだろう。

なるほどオンライン広告であれば比較的容易にターゲット・オーディエンスにリーチすることができる。そしてSNSを媒体として利用すれば、さらに効率的に可能だろう。と、ここで個人情報の取り扱いが問題になることにどうして業界やエンジニアは気がつかないのだろう。過去にパーミッション・マーケティングなどというグレーゾーン(あえて灰色な領域だと私は言いたい)が生まれたコトに、なぜ気がつかないのだろう。この分野が限りなくグレーゾーンであることは誰もが気がついていることで、そうでなければあえてパーミッションなど求める必要はないのだから(しかも*の後に続く可読性に乏しい級数の文字でパーミッションを求めてるあたりが後ろめたさの現れだと私は確信している)。

テンポラリな検索結果に付随した広告やスポンサーサイトの表示はではおそらく皆Yesだろう(と言うか、この程度にとどめておくのが無難だと個人的には思う)。さしずめ害はないように思えるし、検索エンジンもなんらかの収益体制を確立しなければ成り立たないわけだから(非営利団体であっても開発経費や、管理運用経費は捻出する必要がある)。

しかし、過去の検索履歴にまで遡った広告の表示やスポンサーサイトの表示は、もう灰色の世界へ一歩足を踏み入れている。消費者は誰だってその消費動向や日常の行動を逐一トレースされたり、その情報を見知らぬ誰かが保存してたりすることに喜びを感じたりはしないだろう(日常の中には自分で忘れてしまいたい愚行すらある訳だから)。

もっと簡単に言えば、プッシュ型ではなく、意図的にプルする情報提供であれば消費者は納得するだけの話だ。ネットワークが成長して、システムが磨きをかけられて、マイニングするための素材が集まったとしても、結局はこの基本となるビヘビアを無視している限り、イタチごっこは続くことになるような気がする。

検索結果や広告バナーリンクを排除してページを高速に描画するブラウザが早晩登場してもおかしくはないだろう(その開発費用が広告で賄われていたら笑い話だが)。

|by Nagarazoku : 12:35コメント (0)トラックバック (0)

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