≪ お手軽なToDoリストアプリCheck Off |メインページへ戻る| ミシュランガイドで名がもっとも売れるのは、もちろんミシュランなのサ ≫
別に手に取ってみたわけでもないのでトヤカク言うのはナンだと思うのだけど、先日発表されたアマゾンの電子ブックリーダKindleは成功するのだろうか?
アマゾンによれば単なる電子ブックリーダではなくってWireless Reading Deviceと言う新しいジャンルの製品だと言うことなのだが、どうもいまひとつビビビっとくるものがない。$399.00と言うプライスレンジも微妙。7年前なら迷わず「買い!」と言えただろうが、巷にさまざまなデバイスがあふれている現在では、どうも魅力が薄れてしまう。他の機能も備えているとは言え、$399.00というのは読書家にとって決して安くない出費だと思う。紙媒体の書籍購入費用を考えると、電子版で買ってこのデバイスを使って読んだ方がTCOの削減が期待できるという謳い文句もあながち間違っているとは言えないが、果たしてそれは「書籍を購入しよう」と言う意思をもつ購買層に訴求力があるメッセージだとは思えない。
デジタル・インク・テクノロジーを利用したスクリーンはクールだと思う。ラップトップの液晶画面に比べれば格段に可読性にすぐれているだろう。80年代後半にデザインされたコンセプトモデルのようなとでも言えばいいのか、どこかレトロな感じがするKindleは工業製品として見てもアトラクティブな製品だと思える(その割に、ベゾスは読書に集中できるように製品をデザインしたちしきりに強調している)。
しかしやはりKindleは「本」にはなれないと思う。
常々リモートボリュームとネットワークサービスの進化を期待している私のような人間にとって、アマゾン側に購入履歴をストックしいつでも「文字情報」をダウンロードできるというのは正に理想の形ではあると思うが、音楽や映像ならまだしも、「書籍」にそういうコトを期待してなかったりするのが皮肉なハナシだ。
非常にアナログな感覚なのだが、書籍と言うものは各々1冊が一個の完成された生態系として存在しているように思える -- その中に含まれている文字情報/コンテンツだけが全てではないと思うのだ。念の入った装丁に感動してみたり、使われている紙質やその手触りに納得してみたり、新しいページをめくった時のあの音や匂いにワクワクしてみたり、だんだんとヨレて手になじんでいく感覚を楽しんでみたり、「ここは!」と思えるところに赤ペンで線をひいてみたり付箋を貼ってみたりゴチャゴチャと書き込みをしてみたり、そしてもちろん気軽に耳の部分を折って目印にしてみたり(英語ではこれをdog eared pageなどと言うのだ)、そんな風にして読み手が生態系としてジブンの外側に存在している書籍と融合していくあたりに、コトバでは言い表せないexperienceがあって、まさにそこに書籍としての存在価値があると思うのだ。単に情報が「活字」となってそこにあるだけではないように思える。
KindleがKindleとして進化していく可能性は否定できないが、そんな風に考えると「本」や「書籍」を補完することはできるものの、やはりその替わりにはなれないと思う。
しいていえば期待半分、諦め半分と言う感じだ。補完と言う部分を考えると、別にそのプラットフォームはPCでも良いわけで、いやKindleのような閉鎖系よりも、オープン性を持つPCのようなプラットフォームの方が補完という機能を提供するには理想的だと言えるわけで、そうなると「諦め半分」にならざるを得ない。
各版元が書籍購入者向けにデジタル版やwell formatされたテキスト・データをオマケとして提供してくれるような時代になれば(そうなってくると、今度は販路によってQoSに差異がでないように配慮しなければならなくなるのでカンタンなハナシではないのだが)、Kindleのようなデバイスや電子書籍の新たな価値が見いだされたりするのだろうが、それもまだ先の話だろう。
とりあえず$399.00の小遣いがあれば、私なら紙でできた本をアレコレと買う…、と言うのが今のところの実感か。
|by Nagarazoku : 11:00|コメント (0)|トラックバック (0)|
トラックバック・スパム対策のため、このBLOGへのリンクを持たないページから送られたトラックバックは自動的に拒否されます。悪しからずご了承ください。
また、このエントリと全然関係の無い内容のページからのトラックバックは、アタシ的な判断で勝手に削除します。これも又、ご了承くださいマセ。