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2007年08月30日

【 蔓を眺めながら思うこと 】

森のなかで大きく育った蔓性植物を見て(広範囲に広がっても「大きく」とか「太く」とか育たないものもあるが)、私のように感動を覚える者もいれば、逆に気持ち悪く感じる人もいてるだろう。アサガオのように飼いならされて、すっかりと人間の生活の中に溶け込んでいるものならそんな風に感じる人も少ないのだろうが(とい言うか、アサガオ様の視点からすれば、自分の生態を守るために花と言う餌で人間を飼いならしてるコトになってて、アホな人間はまんまとしてやられてるワケなのだが)。

私は自然の中で思うがままに育っている蔓性植物を見ると逞しさを感じる。

生まれ育った実家の裏が寺で、それに隣接して鬱蒼とした森があったおかげで子供の頃からそういう野生の「植物」を見て過ごす時間が多かった。いつの間にかしら足下の方から芽を出してヒョロヒョロと伸び、「これぞ!」と言う相手を見つけたらその足場を最大限に利用して条件の良い場所へと手を伸ばしていく(この際、重力屈性とか回旋運動とか言うコトバは割愛ね)姿を見ていると、なんとも表現しがたい力強さというか生命力が伝わってきた。

いまだにそういう感覚が残っているのか、森のなかで大きく育った蔓性植物を見るとついつい見入ってしまう。

特に東京にきてからは山が遠くなったこともあって(何と言い訳しても大阪は狭く、市内中心部から30分も車で走れば立派な山の中に入れる)、そういうのを見かけると見入ってしまう時間が長くなった。別に何を思うのではないのだが、なんだか「生命の樹」さながらの物語が伝わってくるような気がするのだ。昼なお鬱蒼とした森のなかで身体を攀り、そしてうねりながら懸命に生きるその姿は、materialismの波に完全に飲み込まれそうになっている私たちに必死に何かを伝えようとしているかにも見える。ま、それは私が当世をそんな風に思ってるからそういうふうに感じるだけなのだろうが。




P.S.
「下草の具合から見てこの森は人の手が入ってるやないか! 全然自然とちゃうぞっ!」とかそういうツッコミはこの際無しネ。

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|by Nagarazoku : 10:34コメント (0)トラックバック (0)

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