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2007年05月29日
【
国民に対する「最後の責任」を果たして欲しかった 】
慣習として、特に日本の慣習として「死んだ人を悪く言うのはどうか」と言うのがあるが、これが私は特に嫌いだったりする。別に良い悪いの判断は受け取り手の考え方で変わるのだから、どうでもいいと思っているし、そういう慣習でわだかまりがウヤムヤのまま葬り去られる方が、どうも精神衛生上良くないと、そんな風に考えてしまう。
特にハナシが自殺となると、なんだかこれまた鬼門のようにも思えるし、この慣習の影響で今後のメディアの対応や当局の動きや政局への影響がどうなっていくのかが漠然と気になる。こういう出来事については、海外メディアは特に気にもせず歯に衣も着せずスッパリと斬っているあたりで案外消化不良にならずに済む。
TOKYO, May 28 — Japan’s agriculture minister, Toshikatsu Matsuoka, killed himself on Monday, just hours before he was to face parliamentary questioning about a political finance scandal, government officials said.[ 参照:Japan Cabinet Minister, Facing Scandal, Hangs Himself@www.nytimes.com ]
話を聞きかじった範囲で思うことは、命を絶つくらいであれば全てを白日の下に曝け出すことこそが政治家としての国民に対する「最後の責任」、いやもとい、「最後の仕事」だったのではないかと言うこと。そういう意味では、結局彼は政治家としての国民に対する「最後の仕事」を全うできなかったという点で、政治家としては失格だったなと、門外漢のクセに勝手に思っていたりもする。
某氏が「甘え」と言う言葉をブログ・エントリ上で使っていたが、今回の件は正にそのとおりだと思う。ただ少し意見が異なるとすれば、この甘えは家族に対するものだけではなく、社会や国民に対する甘えそのものの表出だと思う。
自殺する権利を人は持っていると以前書いたことがあるし、自殺と言う行為そのものについては肯定する立場を私は取っているが、今回のような例はまったく擁護のしようがない。精神的に追い詰められていた…等の見方もあるが、所詮、それとて自らの行動が引き起こした結果であり、正直なところ「逃げ」ではないかと思ってしまうからだ。
最近はなるべく時事に関することについてブログで言及するのを避けてきた。しかし、だからと言って世の中に対する感心が薄れていたわけではない。書いていて、単に同じように思っている人達がそれ相応の数はいるのだなと、そういう風なことを漠然と思うようになり、あえて言及するまでもなかろうと、そういう結果に至っていた次第だ。
混乱を引き起こさない程度に書くも勝手、内心にとどめておくも勝手というあたりに落ち着いたと言ってしまえば、ま、それまでか。当然ブログに書いていなくても、リアルで面識のある人にはそういう自分の意見を歯に衣を着せずに言っているというスタンスは変わりないし。
しかしそれにしても今回の件は久々にスッキリしない。齢をかさねてきたことの意味すら、その重みすら感じさせないと言うのは一国民としてなんとも情けのないものである。
P.S.
私の心の中には「世代的に共通した甘さではないのか」という疑問があるのだが、今回はあえて深く考えないことにしたい。
|by Nagarazoku : 10:56|コメント (0)|トラックバック (0)|
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