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2007年04月12日
【
HOYAの製品は二度と買わない 】
HOYAのレンズは二度と買わない、っつうかLASIKで近視は治したのでしばらくお世話になることは無いと思うが、なんともHOYAのやり方が気に食わないから、HOYAの製品は二度と買わないことにした。市井の消費者にこんな風に思わせてしまうのは、純粋に広義のCSR的な配慮の足りなさだろうなぁ。
先走ってしまったPENTAXの社長の退任はさておき、なんで例の失言をしてしまって顰蹙を買ったHOYAのアノ人からの音沙汰はナンにも無し。別にアタマ下げろとかは言わないケド、ちょっとそれじゃオトナとしての社会常識がなさすぎ。今回の件、モチロンPENTAX側の株主の意向もあるのだろうが、彼の発言に対するPENTAX社内の鬱積の表出と言う部分も多大にあるような気がする。
当初から言われているように、「HOYAは、医療系でのPENTAXの技術が欲しいだけ」と言うのは正直なところだろうし、誰の目から見ても明らかだし。そういう「欲」の部分に牽引された統合なんて、結局のところ両社にとって新たな価値を生み出せるとはとうてい思えない。
某氏のブログのコメント欄にも書かせてもらったけど、現在のPENTAXがPENTAXたる所以は、いや、この際、旭光学が旭光学たる由縁は一眼レフカメラメーカーとしての軌跡にある。そしてその軌跡の上に精神論的なPENTAXと言うアイデンティティが形成されていて、それに多くのファンが魅了されているのだと思う。もちろんそこには精神論的という無形のものだけではなく、「確かな技術」や「冒険はしないが、必要なことは必ずやる」という、商品という有形の成果物に対する同社の姿勢が存在する。
惜しむらくはビジョンの弱さもあるが、PENTAXのタクティクスと言うか歩幅はユーザとして時にはもどかしく思ったりすることもあるが、他のカメラメーカーに比べれば付き合いやすいし、彼らのモノゴトの進め方は、ビジョンの弱さを埋め合わせて充分に足る「粘り強さ」と言うものも持っている。
そして「自らの企業規模を考え、バランスの取れた製品をエンドユーザに提供する」ということを実践している点においては、おそらく他社よりも一歩とは言わないが半歩以上は先を行ってるはずだとも思う。
おそらくこれはもう一種の文化的なもので、いわゆる技術のような文明的なものではないと思う。今回のHOYAが意図したような急進的なやり方でも文明は比較的容易に継承できると思うが、果たして文化というものは意図されていようといまいと、そうそう簡単に継承できるものではないと思う。そしてその文明的なものが、基盤となる文化と密接に関係した場合、結末は悲劇でしかないと思う。両社にとっての経済的な悲劇でもあるし、社会的な価値の喪失と言う悲劇でもあると思う。
なによりも今回の騒動で価値を下げてしまったのはHOYAか。株価とかではなく、「社会的信用」と言う意味での価値は確実に下がってしまっただろう。少なくともPENTAXファンの間からは、しばらくの間敵視されることは必至だと思うし、やはり企業というのはこのあたりの微妙な部分も考慮して行動しなければならない時代に突入したと言うことだろう。相乗効果が期待されM&Aが支持された時代もあったが、必ずしも期待通りの結果が得られないことは市場や消費者層が良く知っている今では、もうそういう短絡的なアップローチは通用しないと言うことか。
ヒト・モノ・カネと言う言い方があるように、イチバン最初にくるのはヒト。
そいつをないがしろにした(ユーザ/社員/株主)今回の騒動が失敗することは、当初から容易に予想できたと言ってしまえば、ちょっと言い過ぎか。ま、早めにブレークポイントに到達して、再度練り直しができるようになっただけ、まだマシな方だが。米国のソフトウェア企業なんかじゃ、悲劇というよりも悲惨としか表現できない数々の例があることだしサ。
[ 参照:
ペンタックス綿貫新社長が会見 @dc.watch.impress.co.jp ]
|by Nagarazoku : 09:54|コメント (0)|トラックバック (0)|
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