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2007年02月09日

【 シナマンサク::黄色い花弁がヒョロヒョロと 】

なんともまぁケッタイな花である。

っつうか、初めてみた場合お脳のあたりはこの奇妙な物体が「花である」と認識するまで、たっぷり2秒はかかるだろう。ま、こういうのは個人差があるから、アタシのお脳の反応が今も昔もかわらず鈍いと言うコトかもしれないが…。

それでも、普通、花を見たらそれが初めて見る花でも瞬時に「花」と認識できることを考えたら、黄色い花弁がヒョロヒョロと伸ているマンサク科の花は特異な形状であると言っても差し支えないかと思う。なんでこんなカタチになったのか、その理由を探っていけば、案外面白いコトになるかも知れない(なぁ~んて漠然と思ってみるけど、何一つ手をつけてないし)。

季節を同じくして咲きはじめる黄色い花と言えばロウバイ/トウバイもあるけど、個人的はマンサクやシナマンサクの方が好きかな。形がモシャモシャしてて、見てても飽きないし。
シナマンサク
P.S.
そうそう、マンサクの語源は「まんず咲く(先ず咲く)」という方言だというのは広く知られているが、実はこのマンサクと言う名称は福寿草の別名であったりもするので、名前だけで早とちりすると、思わぬ勘違いになってりまう。同じような季節に咲く花に同じような名前がつくというのは、ソレほどまでに人々は春がくるのを待ち焦がれてるってコトの証みたいなもんか。で、野に咲く花がその代名詞になったってコトなんだろうけど、やっぱヤヤコシイ…。

|by Nagarazoku : 00:07コメント (2)トラックバック (0)

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こんにちは

まんさくの花ですね、仕事柄こちらの花を見ると
丸山薫の詩を思い出してしまいます。
『白い自由画』という詩なのですが、
北国ではどの様に春を待ちこがれ、まんさくの花を
どう見ていたかが分かると思います、私の好きな詩の一つです。

投稿者 DotComi : 2007年02月09日 10:43

>DotComi様:
コメント、ありがとうございます。

雪が深い地域では春をこれほどまでに焦がれるものなのでしょうね。純粋性の象徴であり、良いも悪いも覆い尽くしてしまう雪の白さも、日常になってしまえば、意味をなさなくなってしまうでしょうし。

雪の中に咲く黄色い花…。
都会に暮らす現代人にとっては、その情景すら贅沢なものだと、シニカルな思いが胸をよぎってしまいます。


--白い自由画::丸山薫--
「春」といふ題で
私は子どもたちに自由画を描かせる
子どもたちはてんでに絵の具を溶くが
塗る色がなくて 途方に暮れる

ただ まつ白な山の幾重なりと
ただ まつ白な野の起伏と
うつすらした墨色の陰翳の所々に
突き刺したやうな 疎林の枝先だけだ

私はその一枚の空を
淡いコバルトに彩つてやる
そして 誤って まだ濡れてゐる枝間に
ぽとり! と黄色を滲ませる

私はすぐに後悔するが
子どもたちは却って喜ぶのだ
 「ああ、まんさくの花が咲いた」と
子どもたちはよろこぶのだ

投稿者 Nagarazoku : 2007年02月09日 11:25




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