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2006年12月26日
【
Bukowski:Old Punkを観た 】
先週の木曜日の晩、
Bukowski:Old Punk
を観た。これはCharles Bukowskiのインタビューや朗読会を行った際に収録されたフィルムを元に編集されたドキュメンタリー・タッチの映画。Bukowskiの在りし日の姿、往年の姿を拝める貴重なものなので、単にドキュメンタリー・タッチ映画と言い切ってしまうのはちょっとナンだと思うけど…。まぁ、Bukowskiフリークな方にとっては垂涎モノ。
何ヶ月か前にこのDVDをTSUTAYAで見かけたので「こりゃ買わねば!」と思ってAmazon.cp.jpで注文していたのだが、どういうワケか手元に届いたのは先週のはじめ。しかしシゴトの波に揉まれる最中なので、ゆっくりと腰を下ろして観る暇もなく、そのままズルズルと週の後半まで持ち越してしまった。
実はそれでも観る時間が作れなくて、結局観たのは新幹線の中。しかも車中の時間の半分くらいはシゴトにまわしたものの、後半は息切れして映画に逃げてしまったと言うようなワケ。残りは、ホテルに入ってから、ビールを飲みつつ夜中まで…。
しかしやっぱりCharles Bukowskiは映像でも存在感があって素敵だ。
詩やストーリーから感じられる、っと言うか読み取れるCharles Bukowski像との差が微塵もないのには驚かされる。それだけストレートに生きたヒトと言うことか…。
恵まれた生い立ちでもないし、全てが順風満帆な人生ではなかったのだろうけど、ジブンの「あり方」を信じて生きたヒトだけが持つ、一種の揺るぎの無さを感じた。プライドとか自信とか、そういうのでは無い、もっと「確かな何か」だと思う。
琴線に触れた人はTSUTAYAへGO。もしくはDVD屋なりAmazonなりでお買い求めくださいませ。

P.S.
そういえば、フィルムの中でBukowskiが言ってたコトバで一番印象に残ったのは「火種を絶やさないことだ」と。彼が作家を諦めかけた時のことを回想したシーンだった。日々の生活に追われても、忘れかけても、あまり思いつめず、火種さえ絶やさないようにすればそれでいいじゃないかと言うような下りだったと思う。
諦めるとか、もうだめだとかではなく、行き詰っても火種さえ絶やさなければ、又いつか火を起こせるかも知れない…、そういうキモチが大事なのだろう。ストレートなモノを生み出すためには無理にジブンの夢や希望を追って、自分を苦しめてもなんにも成らないというコトだと、ま、そんな風に理解。
ところで、やっぱり違和感を覚えるのがカタカナ表記の「ブコウスキー」だ。どう聞いても発音は「ブカウスキー」もしくは「ブキャウスキー」なのだが、ナンでこれが「ブコウスキーになってしまったのか…。う~ん、些細なコトとは言え、やっぱり英語のカタカナ表記くらい誰か発音記号を使って標準化してくれろ。
|by Nagarazoku : 00:44|コメント (0)|トラックバック (0)|
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