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|by Nagarazoku : 00:03|コメント (2)|トラックバック (0)|
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一眼レフというのは,少し特異な製品だなあとレンズの沼に入ってから気付きました.それにしても,思い切ったことをしましたね.買うのも売るのも電光石火ですね.
コンデジしか触ったことがなく,知識や情報が乏しい私には,一眼レフで撮った写真の出来栄えとかできあがったものが自分の好みに合うかというのはわからない世界です(それこそ,沼の底に待っている世界なのでしょう).
PETAXのノイズの処理は端的ですが,トータルとしての絵作りの姿勢が理に叶っているというのもあって.すんなり受け入れられましたね.今は,コストや他社より優れた機能が受け入れられているでしょうけど,だからといってそれだけで毎回ヒットを飛ばせるものでもないでしょう.PENTAXらしさ(私にはまだボンヤリとしかわかりません)というのを出していって受け入れられるようになって欲しいですね(私がわかってないだけで,コアなファンにはK10DやK100Dにもそれははっきり見えているかもしれませんが).それがブランド力の底力になるのでしょうし.
投稿者 yanz : 2006年11月15日 14:37
>yanz様:
コメント、アリガトウゴザイマス。
電光石火…、と言われればナンだかカッコイイかんじもしますね。何年かに一度はこういうパターンがあるので自分では困ったもんだと思いつつも、そういう性分なんだという諦めも持ってたりします。いや、もとい、なんでも経験に勝るものはないと思えば、財布の痛みなど馬車馬のように働けば良いではないかとと嘯いてたりするのですが…。
それはさておき、今回決心した中にはPENTAXの絵作りという点に加えてもうひとつ、機動性と言う点がありました。「持ち歩く道具」であると言うことを意識すれば、やはり機動性は無視できません。
アタシの場合、屋外ではほとんど三脚を使わないのですが、そうなってくると重さや大きさが持つマイナス面が目に付きます。逃したくない光を感じた瞬間に、めいっぱい寄ってシャッターを切りたいマクロ撮影などでも、重さや大きさが障害になることもあります。
旅行へ行く時、自転車に乗るとき、ちょっと散歩に出るとき、っと様々なシーンを考えても「重さ」と「大きさ」と言うユーザ・エキスペリエンス(ユーザインタフェース以前と言う意味での)が、いかに大きな意味をもっているかと痛感せざるを得ません。
35mmサイズのイメージセンサの持つ、一画素あたりの再現力や高ISO感度時の「余裕」には魅力的なものもあります。これは使ってみた素直な実感です。しかしこれらの優位性を考慮しても、損なわれている機動性を補ってなお更に得られるものがあるかどうかと問われたら、そこには少なからぬ疑問を感じていたのも事実です。
そんなワケでEOS 5Dは処分してPENTAXと心中するコトにしました。
K10Dは見事にアタシの予想を裏切って防塵防滴で登場しましたし、あの大きさと重さの中で、ボディに見事手振れ補正機能を内蔵していますし、「持ち歩く道具」としてのポテンシャルは極めて高いと思います。他のメーカが出来なかったことを、あの価格で実現したあたりは、なにか心を熱くさせるものがありますしね。
そういえばK10Dのカタログにある水滴をつけた筐体の画像を見てると、なんだかK10Dが「写真は撮ってナンボやろ?」と言ってるような気がしませんか? こういう姿を見せられると、開発者の熱意に負けないだけの感性と情熱を持ってシャッターを切ってやりたくなりますね。
投稿者 Nagarazoku : 2006年11月16日 22:16