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2006年10月30日
【
いやぁ痛快、痛快 】
いつも楽しく拝見している田中希美男先生のブログの今日のエントリが痛快だった。
この何回かのエントリはPENTAXのK10Dのβ機を扱った内容だったのだけど、総じて好意的な評価。いまか今かと待っていたアタシなんぞは、ふむふむとそのエントリを読んでたワケですヨ。まぁそんなコトはさて置き、なにが痛快だったかと言えば、昨今のデジタル一眼レフの画質云々の「愚問」に対する一喝。
「K10Dの画質はいったいどーなんだっ、ソコをしっかり教えろよ」とかなんとかの問い合わせをぼくのところにしてくるヒトが何人かいる。ナニをツマらんことを問うてくるんだろうかねえ、まったくぅ ―― そのテの質問が多かったもんだから、だからこのブログのコメント欄をやめちゃったんだけど。ま、それはさておき、ぼくが使っているK10Dはβ版の機種だから、画質についてまだあれこれコメントするレベルではないのだけれど、それを承知の上で、あなたごときが心配するようなことはなーんにもありませんよ、とここで返事しておきます。
いやそんなことよりも、最近のデジタル一眼のどの機種も、そもそもこと画質にかんしてはじゅうぶんに合格点にあると思うから、なぜソンなことに気をやんでおるのか、その質問や疑問を抱くことのほうにぼくは奇妙に感じるよなあ。
[ 出典:フエ市内 ペンタックス・K10D + DA50~200mmF4 @Photo of the Day ]
っとこんなカンジ。本当に痛快なのはこの引用文に続く部分なのだけど、琴線に触れた方は直接行って読んでみてくださいな。
少々キツイなぁと思う部分もあるケレド、実際本質を突いてることは事実だし。
撮影機材を筆になぞらえて考えれば、もちろん筆を選んだり身銭を切って購入するぶん、その筆に関する云々を問いたいキモチはわかる(かく言うアタシもモンクの多い方だろうし)けど、感じた瞬間に、その感じた「何か」の核心を見抜いて切り取る、もしくは「どう切り取るか判断する」と言う行為というのは基本的にぜんぜん関係のないコトだし。
絵を描いてた頃にも感じていたことだけど、対象物を「絵」として表現する時にも同じようなコトが言えた。同じ対象物を同じ描き手が同じ構図で描く場合だって、軽く当たった素描やラフと精細にドライブラッシュで手を入れたものはゼンゼン別モノになるけど(アタリマエなんだが)、だからと言って素描やラフがドライブラッシュで描かれたものよりも作品的に「劣る」と言う公式は成立たないし。
対象をどう見るか、いやもとい、感じたナニかをどう表現するかを見極めるだけじゃなくって、描くための手持ちの道具の「素性」を把握して、そいつが表現できる限りを出し尽くしてやるということが、ま、描き手には求められると言うことなのですヨ(っと、いつものように偉そうに言っておきませう。
写真機やレンズを機械として見て、「その性能云々を言うだけ」の楽しみ方もあるとは思いますが、まぁそれと「写真を撮る」楽しみや、「撮った写真を見て楽しむ」と言う行為とはゼンゼン別の世界だと言うコトなんですよ、タブンね。だってサ、ほら、ピカソがニュートンのグワッシュでアルッシュの上に描いた絵も、ピカソがサクラのフツーの水彩絵の具でその辺のチラシの裏に描いた絵も、ピカソの作品であることには変わりないのですから。
いやぁ、それにしても痛快だったなぁ今日のエントリは。キレイな言葉ばかり並べられてるカメラ雑誌なんかよりも、評価する側の勝手なイケンばかり目立つコンテスト雑誌の作品批評なんかよりも、よっぽど核心を突いてましたよ。
[ 追記 ]
田中先生、勝手に引用させていただきました。コメント欄が閉じられていたのでこの場を借りてTBのご挨拶に代えさせていただきます。TBがご迷惑でしたら削除をお願いいたします。
|by Nagarazoku : 10:13|コメント (0)|トラックバック (0)|
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