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2006年10月07日
【
結局はブランディングの持つ潜在リスクだ 】
未曾有の回収宣言をしたにもかかわらず、一向に沈静化を見せないSONYのバッテリー騒動だが、来週号の日経ビジネスの時流超流でもこのことが取り上げられていた。その中であるソニー幹部の発言が引用されている。
「先手を打ったつもりなのに、なぜ理解してもらえないのか」
未曾有のバッテリー発火/発熱騒動に対し、ソニーはこの9月28日に全世界で回収に応じると言う決断を出した。ソニー側は極めて迅速に適切な決断を下したつもりだったようだが、残念ながらエンドユーザはそうとらえなかった。いや、どちらかといえば何処かさめつつも、後手な対応であると言う反応を示した。先の引用部はその反応に対するソニーの幹部の発言だそうだ。
「信頼してる人に裏切られた時ほど傷つくものはない」と言うが、エンドユーザや消費者こうした感情は、正にそういうことの表れなのだろう。
業績がどうであれ、ウオークマンが不振であれ、一部のワケワカな役員がDSとPSPに関して的外れな意見を述べようが、みんなSONYと言う「看板」を信じている。信じるに至った経緯は卓越したブランディングと、それを裏付ける確かな技術だったと思う。もの作りに関して、技術はあって当然のことなのでこの際ワキへ置いておく。今回のことが製品の製造過程と、品質管理過程にあることは言うまでもないのだろうが、もしも同じ事業規模でもSONYの「看板」=「名前」=「イメージ」がここまで浸透していなければ、今回のような根の深いネガティブな反応は少なかったハズだ。
DELLが最初にSONYを名指しした時、アタシはまさにそういうコトだと思った。
ハナシの矛先を変えたいと言う思惑が全くなかったとは思わないが、それでもDELLがこの発言をした時点で、彼らはかなりの高い確率で、確証を持ってSONYを名指ししたのだと思う。そこにはやはり信じていたブランドに裏切られたと言う思いが含まれているのだと思う。もしもあのバッテリーがSONY製ではなく、名も無い新興企業の製品だったなら、名指しなど何の意味もない。名指ししたところで消費者は「そういう製品を選択したDELLが悪いのだ」と言う反応を示すハズだ。
これはブランディングにおける潜在リスクだ。
DELLもブランドだが、SONYもブランドだ。両ブランドを比較した場合、やはり世界のDELLより世界のSONYの方が若干とは言え格上だ(という風に世間では考えられていると思う)。今回のような問題が起こった場合、こういう図式が成立つと、格上のブランドが持つこのリスクが表面化する。
製品の構成要素であるバッテリーと言う1つの部品を作っているだけという事実に差異はなくとも、その部品を製造しているメーカーのブランドの位置付けが異なるだけで、消費や市場が受け止める印象は大きく異なる。これをブランディング・リスクといわずしてなんと表現しようか。SONYにとっては無念だろうが、これがポジショニングの持つネガティブな一面だ。
確かにSONYほどの巨大企業が決断を下すのには時間を要する。そういう側面を考えれば3ヶ月でこれだけ大きな課題に対する答を出したのは立派だと思う。これは疑う余地のない事実だ。とは言え、地道な調査で小出しにしてきたジャブが結局のところ「無駄足」感や「後手」感をさらに後押ししたのも事実だ。これも消費者や市場の視点からすれば疑う余地のない事実だ。
異なる視点から見た2つの事実がここにある。右肩上がりの夢ばかりを追いかけてきた今までのマーケティングやブランディングでは、こういう「異なる事実」が対峙した時に対処できる術がない。そして先に述べたように、ブランドの格差におけるリスクにも対処できない。
この飽和した時代におけるユーザとメーカの意識の温度差が縮まることはあるのか…、と、そんな風に考えたりする今日この頃だ。
|by Nagarazoku : 00:00|コメント (0)|トラックバック (0)|
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