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2006年08月23日
【
プロファイリング・ビジネスを読んだ 】
プロファイリング・ビジネスを読んで思ったコトを漠然と。
サンドラ・ブロックが主演した映画「ザ・インターネット」は、当時の個人情報管理の実際を知っている人や、当時のインターネット網の実態を知っている人にとっては単なる「お笑い」でしかなかった。
ま、アタシなんか隠す程のモノも持ってませんから、必要であれば預貯金残高からパンツの中身まで(お下品ですな…)全て見せちゃっていいと思ってるタイプ。そりゃぁ叩けば埃くらい煙幕のように舞い上がりますし、奇妙な素行が無いワケでもありませんが、それも個人を個人たらしめていると思えば「別にどうってコトないヨ」と楽天的に考えてるてる人種だったりするし。
そんな個人的な意見はさておき、世紀も変わり、911事件が起こった後では流石に笑い話ではなくなってきている様子。
プロファイリング・ビジネスを読んだ限りでは、その実際がハナシ半分だとしても「粗雑なアメリカ人にしてはなかなか良くやってるなぁ」っと言う感じがする。あいもかわらず現場の杜撰さが結果に及ぼす影響は見逃すワケにはいかないが、そこはソレ、情報を運用する側も今は躍起になってても、喉元過ぎれば体質と言う根本が変わるワケではないし(で、再度ヤケドしたりするのだが)。
事実上頓挫してる日本の住宅基本台帳ネットワーク(住基ネット)に比べたら、民間のデータを使おうがナニしようが、ブルドーザー形式でガガっとネタを集めて、マイニングまでやってしまおうって言うのだから、このあたりの体力はさすがだとしか言いようが無い。別にこの手のシステムを擁護する気も、否定する気もないので、それは念のタメ。
プロファイリングってコトバが実しやかに使われるようになったのは羊達の
沈没沈黙あたり、もしくはRobert K. Resslerの"
Sexual Homicide: Patterns and Motives"あたりからだと思う。それから20年以上が過ぎようとしているケド、実際は見ての通り。プロファイリングは所詮プロファイリングでしかないと思う。いくら掘り下げて、マイニングしたところで、それはパターンや関係でしかなく、本物の人間そのものではないし、所詮はデータ、所詮はデータから導かれる答えだし。そんなモンに対して、別に目を三角にして黄色い声でキーキー言ってる方がメンドクサイ。
1984やビッグ・ブラザー的な脅威が発生する確率は0%とは言わないけど、じゃぁ管理されていない混沌とした社会が良いのかと問えば「…」のハズだし。
アタシが思うのは、「せっかく技術水準が向上して物理的にも論理的にも思惑どおりのコトができそうな気配なら、私たちの世代が実験台、いや踏み台になってみるのもいいじゃないですか。」ってコトくらい。踏み出せる時に踏み出しておかなければ、失敗することすら、反発するコトすらできずに、同じ場所でグルグルと議論してるだけになっちゃうし。それってば、ハタから見てるとかなりアホっぽいコトだし。大事なのは失敗だと思ったら、主催者側も素直にソレを白状する仕組みを作ること(住基ネットも電子政府も失敗でしたと白状して欲しいなぁ)。そして過剰な管理/干渉だとエンドユーザ側が判断したなら、そこでその実態を解明し、線引きができるような仕組みを作るコト。要はこの2つの割り込みだけなんだケド…。
っと、こんなトコロで言ったトコロでどうにもならんのだろうケド。

|by Nagarazoku : 00:08|コメント (0)|トラックバック (0)|
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