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2006年07月05日
【
Visual Grammarに目を通した 】
ほったらかしにしてたのダケド、ようやく
Visual Grammarを手にとってに目を通した。読むというより、文字通り目を通すと言うのが適切な内容。
この系統といえば、一昔前に読んだEdward Tufteの3冊には感銘を受けたが、その後あまり良著と言うのには出合っていない。嫁の友人で、今NYで働いている某社のアナリストが以前我が家に遊びに来たとき、本棚にあるEdward Tufteの件の3冊を見逃さず、「あぁ、これはいい本だ」なんて言ってたのを覚えてる。その言葉を聞いて、「職業の差異や人種や国籍に関係なく、他人に物事を説明し『伝える』と言う課題の行き着くところは、やっぱり一つなのかも知れない…」なぁんて思ったりもした。まぁ、当然といえば、当然のコトなのだが。
ではVisual Grammarではどんな課題が取り上げられ、それらがどのように説明されているかと言うと:
Knowledge of visual concepts is often acquired through physical experience and applied without the use of written or spoken language; there are, however, a number of underlying processed before and after the act of creation where verbal language has an important function.
(中略)
The reason of writing a grammar of visual language is the same as for any language: to define its basic elements, describe its patterns and processed, and to understand the relations between the individual elements in the system. Visual language has no formal syntax or semantics, but the visual objects themselves can be classified. ...
[ 出典:Preface@Visual Grammar ]
とまぁ、Preface(はじめに)の部分で書かれているのだが、この本の面白いところは、文字だけで埋められているのはこのPrefaceだけってトコロ。中身の方は、もう「百聞は一見にしかず」を地で行くかのごとく、可能な限り文字を使った言葉の使用を抑え、visual languageでvisual languageを説明している。言ってみれば今は無きAppleのATGが開発していた伝説の言語「SK-8」よろしく、自己により自己を拡張していくLisp環境のような、ま、そんな状態(なんじゃそりゃ)。
Edward Tufteの著書を、visual languageによってコミュニケーションを行う際の「スタイル・ガイドブック」だと位置付ければ、Visual Grammarはその名の通り、visual languageで用いられる各オブジェクトが持ちえる要素や、それに内包できるエレメントの詳細を解説している、アンチョコ本だと言える。しかも、その内容自体を可能な限り文字を省いて説明しているので、一目瞭然的に理解することが可能(っとまで書くと、チョトほめ過ぎかも)。
残念なコトに邦訳が出ていないのだが、そこはソレ、この本の内容からして特定のスクリプト言語(書き文字)になんぞ依存しなくても、充分に内容は理解できる。説明が英語で書かれているとは言え、使われている単語は中学生+αレベルだし、英語なんてカラキシでも辞書さえ傍にあればそれで充分。
「デザインとはなんぞや」とか「視覚的な…、とはなんぞや」とか、そういうヤヤコシイことは抜きにして、一度は誰もが目を通しておいても良いのではないかと、そんな風に思える本だ。
P.S.
一部では語りつくされた本なので、いまさらながら感が無くもないが、Edward Tufteの3冊とは:
≫
The Visual Display of Quantitative Information≫
Envisioning Information≫
Visual Explanations: Images and Quantities, Evidence and Narrative
ところで、黄金比は、目の不自由なヒトがある日突然に目が見えるようになっても美しいと感じる比率なのだろうか。お脳の中に隠されている視覚的な情報伝達の鍵は、案外このアタリにあるのかも知れない。っと漠然と思ってみたりする(探求するだけのヒマもカネも学力も忍耐力もなさそうなので、思うダケね)。っと、そうなってくると下條信輔氏あたりの分野になってくるのだな…。
|by Nagarazoku : 00:01|コメント (0)|トラックバック (0)|
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