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2006年07月29日
【
フミちゃんの胡瓜 】
フミちゃんの作る野菜はどれもみなデカい。
八百屋で売ってるズッキーニはちょっと大きめの胡瓜みたいなサイズだけど、フミちゃんの作るヤツは特大の苦瓜なんかよりもっとデカい。「もっと早めにもいでも良いのでは?」とも思うのだけど、ま、それは言わないお約束。
トマトもデカい。デカいだけじゃなくズッシリと重たいし美味い。
そして、美味いと言えばフミちゃんの胡瓜。
フミちゃんの胡瓜は美味いのだけど痛い。ナニが痛いのかと言えば、表面のイボと言うか刺と言うか例の突起。これが針のごとくチクチクと痛い。素手でうかつに触ろうもんなら、思わず手を引っ込めたくなる程に鋭い。でもこのチクチクにめげず、ガブリと齧り付くとその味は格別。ガブリと齧り付いて、ボリボリ、シャクシャクと食う。
そうすると、「あぁ、胡瓜ってば夏の醍醐味だなぁ」な~んて思えてしまう。
八百屋で売ってる胡瓜は緑色で艶々してて、なんだか化粧をしてお出かけするみたいに身なりを整えて綺麗に見えるけれど、丸齧りしても、ここまでの醍醐味は感じられない。
フミちゃんのは表面にはうっすらと白い産毛があったりもする。カタチも揃ってなくってグネグネとあっちへ、こっちへと曲がってる。でも美味い。土と太陽の匂いがする。
朝早く起きたつもりで階段を下りていると、踊り場の窓からフミちゃんの姿が見えた。小さな身体で爪先立ちになって、コンポストに生ゴミや木っ端を詰め込んでる。その小さな背中を見た時、なんだかコトバにはできない生き様を感じた。そういえば、アタシの父方の祖母も、母方の祖母もそうだった。小さな背中が、いつも、過ぎ去った日々の中で感じた何かを一所懸命に語っていたような気がする。
コンポストで丹精された堆肥を使って、良く肥えた畑で、今日もフミちゃんの作る野菜たちはノビノビと成長してる。「きっと今では、この野菜たちがフミちゃんの子供みたいなもんなのだろうなぁ」なんてコトを思いながら、アタシは曲がった胡瓜をボリボリと。
東京に帰ってきてから、一緒に持って帰ってきて冷蔵庫に放り込んであったフミちゃんの胡瓜をボリボリやっていると、嫁までが一緒にボリボリと食いだした。嫁は、あまり胡瓜の丸齧りなんぞやらない。
「こういう胡瓜だと、こうやって食べられるんだよねぇ」っと嫁が一言。
歯型がしっかりと付いた胡瓜の噛み口を見ながら、「確かに、美味いもんなぁ…」と、アタシは心の中で相槌。
|by Nagarazoku : 00:39|コメント (0)|トラックバック (0)|
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