≪ 意識と言うか、資質と言うか |メインページへ戻る| GoogleとAdobeの蜜月 ≫
2006年06月22日
【
ハイ・コンセプトを読んでみて 】
最初に結論を書いてしまおう。
読む前からある程度は予測できたことであるが、何の変哲もない内容。
著者や訳者や出版社の為に補足させてもらえば、決して悪い本ではないと思う。ある種の生き方を信じて疑わず人生を歩んできた人にとって、この本との出合いが素晴らしいものになるかもしれない。確かにそういう可能性はあるだろう。
内容が無いとは言わない。しかしそれは、人が人として生きていくために本来当然にあるべき姿を、言葉を変えて説いているに過ぎない。こうまで言い切ってしまうと「いや、それは言いすぎではないか…」と思われる方がおられるかも知れない。だが要約してみれば、人、社会、経済の全ての要素を足し算引き算してみれば、効率化を求めてきたこの半世紀の時の流れの中で間引かれた物、なおざりにされていたものがいかに重要であったかとの再確認/再認識でしかない。
それら「再確認/再認識」されたものを過大評価していることが本書の欠点。そしてなによりも、左脳的な発想によって蔑ろにされてきたこれらを「再確認/再認識」したと言うこと自体が既に左脳的な発想だと苦笑いすらせざるを得ない点が、皮肉だといえば皮肉だ。
付け加えて言うなら、邦題の付け方と、サブタイトルの下にあるキャッチコピーの付けかたが最悪。
本著はDaniel Pinkの
A Whole New Mind: Moving from the Information Age to the Conceptual Age の邦訳なのだが、A Whole New Mindと言う原題を、邦題では「
ハイ・コンセプト」としてしまっている。この「ハイ・コンセプト」は本の中で使われているキーワードで、意味もインパクトもあるワードなのだが、だからと言って邦題として当てはめて良いかと言えばそれは大きな間違いでもある。原題のA Whole New Mindの「whole」はいわゆる掛詞で、「いままでとは異なる新しい考え方」と言う意味での「
whole new mind」と、「右脳と左脳を協調させて使いましょう。左脳的思考ではなく脳全体を使うんです」と言う副詞的な意味での「whole」=「ぶった切らない/全体」の意味を伝えようとしている。
それを短絡的に「ハイ・コンセプト」としてしまうとは、何たる左脳的な発想であることか。これでは本著で主役級に抜擢されている右脳も恵まれないと言うもの。
そして邦訳版でだけ付け加えられたキャッチコピー…、これが『富を約束する「6つの感性」の磨き方』と書かれてある。なんともまぁ、安っぽい、いや怪しい新興宗教本でもあるまいしこんなコピーはなかろう。サブタイトル「Moving from the Information Age to the Conceptual Age」が『「新しいこと」を考え出す人の時代』と軸をぶらさず上手く訳されているだけに、この「富を…」のキャッチコピーのマズさが目立つ。
いや、「結局の落としどころはそこなのか」とも思える。
確かに、経済的な基盤が安定していることなど「大事ではない」とは言えないのだから、それは仕方のないことかも知れないが。
実際に読んでみればわかると思うが(わざわざ読む必要などないが)、婉曲で当たり障りの無いよう柔らかな表現で編まれているが、要約してみれば「これからの時代に、(これまで左脳的思考で生きてきたヒトが、)(経済的に)富むためには何が必要なのか」と言うことしか書かれていない。中身はそれだけ、以上終了である。
もっとハッキリ言えば、この本を買って読んでる時点でスタート出遅れ組みとも言える。ニンマリとしているのは、著者のセミナーなどを聞いて本著に書かれているようなことを既に実践し、そこそこの結果が出始めているヒトや、本著を読み、反芻的に自分のやり方は間違っていなかったと実感しているヒト。もちろん著者も印税が入ってくるからニンマリしているだろう。そしてその印税は、次の波がやってきた際に新たなコンセプトを展開するための準備金ともなるわけだ。
そういえば中で日本のポップ・カルチャーの優位性や心のゆとり教育が絶賛されていたが(邦訳版105頁)、これなど正に現場/現状を知らないからこそ平気で言えること。「物語医学」=「医療における全体的思考アプローチ」も紹介されているが、これなどホメオパシーでは大昔から率先してやっていること。アロパシーようやく欠けているものに気が付いて、あたかも自分達で新しい発見をしたかのように取り上げているだけである。
著者が右脳的に自画像を描くエピソードも書かれているが、その章に掲載されている図版を見れば、右脳的に描くための絵画教室に通う前に描いた自画像の方が、教室に通った後で描いたものより素晴らしいと言うことに「著者自身」気が付いていない点も失笑もの。教室に通った後の絵は確かに「良く」描けている。しかし、あまりにもアカデミックすぎ(この台詞は、佐伯雄三がヴラマンクに言われたのをパクっただけだが)て、著者が力説している個性も芸術性も感じられない。
この本は、現代(いま)のアメリカ人、その中でも特に中産階級のホワイトカラーが最も恐れていることをわかりやすく説明している本だと思えばいい。そして、「こうすればその渦の中から抜け出せるかも知れない」と、ベーシックなコンセプトを噛み砕いて説明しているに過ぎない。いうなれば「過去数十年もてはやされてきた左脳的思考の波が去った今、右脳的思考のzestをそれに添えてみましょう」的なコンセプト・ブックだ。
左脳的なベスト・プラクティスを推奨してきた米国。そのベスト・プラクティスでは立ち行かなくなった時に何が欠けているかを考え(これが既に左脳的なのだよ)、足りない物をそこに加えようと短絡的に論じた本だと思えばいい。いわゆる付け焼刃の方法を説いた本。当然に、問題の本質はそこには無いから、単なる対症療法。根本的な解決になってないことを著者自身充分にわかってそうなので、それがまた曲者なんだが。
もちろん今の日本人の中にも感銘を受けるヒトがいるかも知れない。でもきっと、そういう人たちは一般的な社会人より経済的/社会的に恵まれた環境に居てる人たちだろうと推測する。少なくとも私の世代や、それよりも下の世代ではない。
これがハイ・コンセプトを読んだ私の感想。それでも1,900円払って買いたい人は買って読んでみればいいかも知れない。値段的には、新東宝のポルノ映画でも見る方が楽しいしよっぽど右脳的なのかも知れないが、アメリカ人が何を恐れているのか知りたい人にとっては無駄では無いと思う。

P.S.
本書の随所に「ターゲット」(
TARGET)と言う店舗の名前が登場するが、「なんであんなCheap Jackな店で買い物するのかな?」と疑問に思ってしまう。その行動だけで、penny-wise and pound-foolishと言う感性が本書からは学べないと言うことがわかってしまう。
あ、そだ、もひとつ。
こんな本が★4つももらってるなんて(Amazon.comで)、そろろの彼の国も末期症状なのかなぁと、思ってしまった。以上。
|by Nagarazoku : 01:01|コメント (0)|トラックバック (0)|
トラックバック・スパム対策のため、このBLOGへのリンクを持たないページから送られたトラックバックは自動的に拒否されます。悪しからずご了承ください。
また、このエントリと全然関係の無い内容のページからのトラックバックは、アタシ的な判断で勝手に削除します。これも又、ご了承くださいマセ。
■このエントリーのトラックバックURL ≫ http://www.nagarazoku.com/mvt/mt-tb.cgi/659