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2006年06月15日
【
いよいよ揺籃期かね 】
「2.0だ進化論だといいながら、結局は広告屋じゃないか」と言う声をよく耳するが、別に広告屋が悪いことではないと思う。寡占状態を維持しようと暗躍する既存の広告代理店の醜悪な企業活動が元凶となっているこのネガティブなイメージを払拭するためにも、できればデータ依存型のオンライン広告には頑張ってもらいたいと思う。もちろんその「払拭」の中には、従来型の広告代理店が「世の中から消え去る」と言う辛辣な意味も含まれているのだが。
少なくとも、それで広告ジゴロのような輩も社会的に抹消されるだろうし、芸能人や役者も本来の仕事に専念でき、さらに企業は法外な広告費を請求されることがなくなり、その費用を本業に注ぎ込んで切磋琢磨することで、より良い結果を生み出すことが可能になるかもしれない。
インターネットが、物理的なコンピュータ・ネットワークの上にWeb状に形成された単なる仕組みだけでないことを証明するためには、なんらかの経済効果をリアルな世界に与えなければならなかった -- ヴァーチャルな世界が、リアルな世界にできる経済な貢献。
もちろん、エンタープライズ・アプリケーションをWebサービスとして解き放つことで、パートナーやエンドユーザとより柔軟にコラボレーションできるようになり、仕組みそのものも価値を生み出すことができるし、そういうソリューションを提供するベンダーが収益を上げることで間接的な経済効果も期待できる。
ただ、コンピューティングが生み出すそういう経済効果は「あたりまえ」のものだと捉えらていたがために、もっとインパクトのある何かが求められた。
インターネット上で提供されているサービスに課金しても良いし、無償のサービスを提供して、それに広告を付随させるスポンサー的な方法でも、要は数字さえ出せればなんでも良かったわけだ。
サービスやコンテンツに課金するモデルは心配されていた程に悲惨な結果をもたらしはしなかったものの、だれもが期待していたほどに成功もしていない。これは技術的な問題ではなく、そこで提供されるサービスやコンテンツに対してエンドユーザがどれほどの価値を見出すかという問題。課金に成功しているサービス・プロバイダーやコンテンツ・プロバイダーの多くが、サラミ技法程度の課金で体裁を取り繕っているに過ぎない。
では広告モデルはどうか。
古いモデルで言えばオーバーチュア的なものや一般的なバナー広告、そして新しいモデルとしてはいわゆるロングテールの掘り起こしのようなものや、より的を絞り、適切なオーディエンスに適切な広告をリーチさせるための仕組みに至るまで、百花繚乱とは言わないものの、それなりの賑わいを見せ、業界の内外を問わず話題にもなっている。
しかし結局のところ、「単なる仕組み」でないことを証明したがために、「単なる媒体」に成り下がってしまっているのではないかという疑問が生まれる。それが冒頭の「結局は広告屋じゃないか」と言う声だ。
そこまで言ってしまうと、実も蓋も無いのだが、それはある意味事実だと思う。
現実世界と折り合いを付けると言うことは、その世界において「何らか」の役割を担うことに他ならないのだから、ポジティブでもネガティブでもなく、事実はあくまでも事実として受け止めるしかない。
それがたまたま媒体然とした位置付けにすっぽりと当てはまって「役立っている」のに、それが期待していたものや意図していたものとと違うからと言って、文句を付けても仕方がない。
それよりもまず、どのような役割であろうとも、最初の足場ができたということを喜ぶべきだと思う。たったの数年で、リアルなビジネスの世界において「結局は広告屋じゃないか」と言わしめるようになったのは、まぎれもない事実であり、ごまかしようの無い結果なのだから。
だからこの最初の足場に誇りを持って、新しい次元を創生すればいいのだと思う。
そうすれば今度はリアルな世界がバーチャルな世界を追う番になる。昨日のエントリや米国での動きにもあるように、一部のキャリアはその事実に気が付き、かなり焦燥感を抱いている。これまでは互いに同じ土俵に上がっていなかったと言う言い方もできるが…。
とりあえず、同じ土俵に上がったこれからが本番、そして本領を発揮できる時代だと思う。先にデータ依存型と書いたが、これこそが、計算機に与えられた本来の課題なのだから。確かにいま与えられているのは、そのマイニング結果が「たかが広告の割り当て」なのかも知れないが、やがてそこから派生した様々技術が新しい可能性の礎になる。
技術はあくまでも道具であり、道具である以上、人々の生活に役立たなければならない。現実の世界と懸け離れた仮想の世界だけで役に立つものなど、無いも同然なのだから。
なんだかこのところ、以下のような「その手」の記事が多かったので妙にインスファイアされて、ちょっと思ってるコトを書いてみた。考えてみればインターネットもいよいよ黎明期を追えて揺籃期に入ったってコトかな(2.0と言う言い方はしたくないし)。
P.S.
ところで先にサラミ技法的と書いたが、
Google Analyticsや
feedpathなんかは、そういう手法でキッチリと課金してもいいと思う(その場合、コンテンツへの広告掲載はご容赦願いたいが)。Google Analyticsに関してはこれまでの解析ソフトウェアと比べてもなんら遜色の無い、充分すぎるほどの機能を提供してくれている。さんざん文句を言ってるfeedpathも、ベータとは言え必要な機能は網羅してくれているし、先々付加される機能だってかなり期待できるものなのだから。
年額数万円も払えと言われたら、「あぁそうですか、多少勝手は悪くともこっちで実装します」と言う機能だって、「ベータの内は無料で使えますけど、年2,400円で初回につきまとめて払ってもらうと割引もありますよ」なんて言われると払ってしまうものなのだから、せめてHOTなうちに課金体制を整えて欲しいような気がしないでもない。
Flickrがそうだったし、個人的には期待していた以上の物を提供してくれていると思う。そしてこういうのが本当の「投資」なんだとも思う。
新しい時代にそう言う意識を継承し、根付かせるためにも有益なサラミ技法的課金制度の定着を願いたい。
|by Nagarazoku : 00:14|コメント (0)|トラックバック (0)|
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