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2006年06月20日
【
LASIKの術後1ヶ月検診 】
早いものでLASIKの手術を受けてから、1週間+1ヶ月。
長年の習慣というのは恐ろしいもので、いまだ、夜中に起きてトイレに行く時なんぞ机の上に手を伸ばしてメガネを探そうとしてるし。次の瞬間には「あ、見えてるんだ」という意識が後追いしてくるのだが。顔を洗う時もそう。意識をしていればメガネを外そうとしないのダケド、汗をかいた時などバタバタしてると、ついついメガネを外そうとしてしまう。そんな時、洗面台の鏡の向こうには、キョトンとマヌケな面をしたオッサンが一人(それは自分なんだが…)。
裸眼で外を歩いた時、目玉に風を感じるコトにはようやく慣れてきた。
よく考えてみれば、目玉で風を感じて「怖い…」と思うのは大昔にハード・コンタクトレンズをしていた所為だと思う。コンタクトレンズをしていて、埃や塵が目に入った時の痛さと言ったら、こればかりは経験したことの無い人には説明できないし。だからあの頃は、風が吹くと怖くて思わず目を瞑ってたし。ま、一種のPTSDですな。
で、昨日LASIKの術後1ヶ月検診を受けてきた。
結果は上々、視力は1.2と1.5(おっと、またしてもどっちが右でどっちが左か訊いててこなかった…)。ドライアイ症状も無し。夜間のグレア・ハロも意識しなければ気にならない程度だし。
メガネをかけなくなって体調的に変わったのは「肩こり」が減ったこと。でも、その反面「疲れ目」と言うのを経験するようになった。
以前は疲れ目と言うのがどんなものなのかわからなかったのダケド、メガネをかけなくなってからは、目を使いすぎた日など、夜になってなんとなく目が重くなることがある。そういう時って、かけてもないのに、無意識に手が伸びてメガネの位置を変えようとする。
そう、いままでも疲れ目状態に突入する瞬間はあったのだろうけど、メガネの頃はレンズと目玉の距離を物理的に手で調整(微妙なものですが)してたのでしょう、無意識の内に。しかし、さすが裸眼になるとレンズは目の中の自前のものだけだし、意識して焦点距離を変えたりしないと…。こりゃぁ一種の訓練ですよ。まるでセンサーの無いバイオフィードバック…。
ところで先に書いたグレア・ハロ、実を言えばグレアとハロは別の単語。「グレアとハロ」と書けばなんだか「
ぐりとぐら」とも似てるような気がするが、やはりこれとも全然関係なし(アタリマエ)。グレアの綴りはglare、ハロの綴りはhaloです。ちなみにhaloの方の発音は「ハロ」ではなく「へィロォゥ」でないと通じません。どちらの単語にも日本人の苦手とするLと二重母音が入ってるあたりも泣かせます。
で、このグレアとハロ君、やはり注意して見ているとなんだか色温度によって出てくる度合いが違うような気がする。赤~白までの辺りでは、意識すれば綿帽子ってカンジで見える。大雑把な色温度で言えば1900K~5500K(
ケルビン)。これが6500Kあたりからの強い青色ではグレア・ハロをほとんど感じないような気がする。以前書いた、LEDを光源とする信号機と従来型の電球式の信号機で異なるグレア・ハロの感じ方も、なんだかこの辺りに原因があるのかも…、っと調べようと思ったケド、従来型の信号機とLED式の信号機の光度、輝度、光束、照度の詳細な比較表を見つけることすらできなかったのでやむなく断念。
しかしそのかわりに、「
交通信号機のすべてがわかるページ」と言う、なかなかオツなサイトを見つけてしまった。いやぁ、こうして見ると信号機もなかなか奥が深いものです。
そうそう、それからこんなフィルターもあるんですね、と言ってもハロ避けサングラスにはできそうにもありませんが[ 参照:
Sirius-Optics社製の天体観測用・多層膜干渉フィルター@(株)笠井トレーディング ]。
|by Nagarazoku : 00:02|コメント (0)|トラックバック (0)|
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