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2005年12月29日

【 ブログって言えば… 】

お気づきの方もいらっしゃるだろうが、トラックバックに対して線引きをした。

線引きをしたと言っても、機械的かつ執拗に海外から送られてくるトラックバック・スパム(そのほとんどがポーカー系サイトへの誘引なのだが…)を弾くための措置。普通にブログを利用されている方々にとっては、トラバの際の手間が増えるので申し訳ないと思いつつも、当該コンテンツへのリンクが設けられていないコンテンツからのトラバを受け付けないよう、プラグインを入れたのだ。半角文字のみのコンテンツを弾こうかとCGI側に手を加えたが、ナンだかこいつもすり抜けられるようになってしまったので、苦肉の策。

ま、こんなスパム問題はさておき、トラバの話を枕に、ブログそのものについてちょいとばかり書こうかと。

実は半年ほど前、某所からキョ~レツに個人攻撃的なトラバを受けた。

「アタシみたいな中学生レベルの幼稚な発想のニンゲンが、既婚者であることが信じられないと」と結ばれていた超個人攻撃的なトラバだったが、鵠的を射抜いた内容だったので消さずにトラバをいただいた方のブログ・エントリのコメントへ、その旨を記載させていただいた。

ヒトによって捉え方はそれぞれだろうが、上述のように、機械的に送られてくるコメント・スパムやトラックバック・スパムでなければ、アタシは削除する気がない。と言うより第三者への誹謗中傷的なトラックバックに対しては別の対処になると思うが、ソレがアタシ自身に対する批判的、誹謗中傷的な内容であっても、歓迎だったりする。

「十人寄れば気は十色」と言う。昔の人は面白い表現をしたもんだ。

ニンゲン誰もが自分なりの「コトバ」を持ってるし、自分なりの「感性」や「考え方」を持ってるはずで、それがなけりゃ人格の形成なんてありえない。で、持ってるモノを公の場に曝け出したいというキモチだって、多かれ少なかれ誰だって持ってるハズ。そりゃぁ、飲まなきゃ吐き出せないとか、キレなきゃ言葉が出ないとか、普段からハイテンションとか色んなパターンがあるんだろうけど、内面のソレを表のソレとして出したい気持ちは誰だって持ってると思う。

だからこそ、ニンゲン様の文化の中でコミュニケーションと言うものがこれほどまでに重要視されるようになってきたのだと思う(勿論、それ以外の機能面の必要性からと言う部分も少なくはないが)。また、パソ通の時代からその後のWeb環境に目を転じれてみれば草の根BBSやフォーラム、そしてニューズグループに始まり個人HPでの日刊的な更新、それじゃ面倒だとWikiの事始、さらに集ってみると言う掲示板の再来、ポータルでの日記公開、で、昨今のweBLogと、とにかく吐き出してみるという場が生まれてきたのだと思う。

あるヒトに言わせれば、ブログや掲示板やチャットでのコミュニケーションの良い点は、心地よい距離があるコトだと言う。そしてアタシもその意見は正しいと思う。距離があるからこそ、相手が見えないからこそ、思わず「カッ!」っとなったり暴言を吐いてみたり無性にムシャクシャしたりするコトもあるけど、結局のトコロ、そこに存在する距離が緩衝材になって、そういった瞬間的で単発的な行動も終局するのが常で、その現象を逆手にとってみれば、自分が残した軌跡すら自分でハッキリと再確認でき、赤面できてしまうあたりも、ある意味その場を上手く使え自分のば恥の上塗りを未然に防げたりするのではないかとすら思えてしまう。

もちろん「十人寄れば気は十色」だから、そうじゃないと言うヒトも多いとは思う。

結局、言いたいのは、公開できる場があるのだから素直にそれを利用すればよいと言うこと。トラバにしてもコメント欄にしても、その機能がシステムに組み込まれていて、利用できる環境で相手方から「提供」されているのであれば、とりあえずドンドン使えば良いのだと言いたいだけ。

相手方が「あ、この仕組みはチョトイヤだな」と思えば、当人がその仕組みを塞げば良いだけ。塞いだことに対して外野がトヤカク言う必要も権利もないのだし。当然ながら特定のIPアドレスに対して規制を掛けられると言う点も留意すべきで、それは結局のトコロ、ナニガシかの理由が相手方とそのIPアドレスの利用者の間に存在するから発生した事実で、これについても外野がトヤカク言う必要も無い。

トラバが受け付けられておらず、直リンクの可否が明示されていない場合は、当然ながら旧来どおり自分のトコロから直リンクを張る際はその可否を相手方に問うのがマナーだと思う。なんてコトを書くと、「サーチエンジンとで引っかかってくるじゃないか」と言う意見もあるんだろうケド、相手方がコンテンツを公開する際、1対パブリックという図式を漠然と描いて公開している可能性もあるので、全く別次元のハナシになる。

要するに誰もが寛容である必要があるのだけれども、「個人的な理由で自閉症モードもOKでっせ」的な、結局のトコロ、当人の許容量と考え方に合わせて実質的に成り立ってる現実世界の人間社会となんらかわりのない外形におちつきつつあるのだなぁと、思ってたりする。

そもそも、ブラウザをインタフェースとしたHPの更新機能なんぞはブログ以前から存在したから、んなモンは別にブログだけの機能でもナンでもないワケで、ブログのブログたる所以はナニかと問われれば、それはブログとしての表側の機能、つまり単一のエントリに対するコメント機能やトラバ機能がそれをブログたらしめているのだとしか言いようがないから、それを「完全」に塞いでしまったら、それは表から見て、ブログではなくなってしまう。ただそれだけで、それ以上でもそれ以下でもないし、本人がそれをブログと呼ぼうと他人がブログと呼ぶまいと、それは当人達の勝手でしかない。

他人への提供を塞いでおいて、自分はそこからガシガシと他のブログへトラバやコメントすると言うのも有りだが、それはブログとはナンだと言う考え以前に、ヨソの家の玄関の前に街宣車を止めて、いきなり演説をブチかますようなもんじゃないかと思うワケである(スパっと切り捨てれば、人間性のモンダイとも言う)。

Webなんぞは所詮表現の為の道具の一つ、要するに「コトバ」の延長線上のモノに過ぎないし、ブログの仕組みはその上にできたオマケみたいなモノの1つでしかない。

ブログジャーナリストな方もいらっしゃれば、ただのメモや備忘録として使ってる方もいれば、育児日記から独り言日記に至るまで様々な使い方をしてる方がいて当然。ゴミネタやガセネタが流れるのも当然。でも、受け取り手がゴミだのガセだのと思っていても、書いた本人がいたって大真面目だったとしても当然なのだと思う(それが良いか悪いかは別問題)。で、その中身をとやかく言っても仕方ないと言うコトを念頭に、結局はそれくらい寛容でなけりゃ、やって行けないワケ、とアタシは言い切ってみようと思う。

最低限のルールと、最低限のマナーが守られていればいいじゃないですかと、「結局、現実の社会だってそうでしょ?それで世の中回ってるでしょ?」と、そんな風にアタシ個人は思ってたりするワケだ。

|by Nagarazoku : 11:07コメント (0)トラックバック (0)

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