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2005年12月14日
【
光を写し取る版画 】
4月、153枚。5月、112枚。6月、496枚。7月、830枚。8月、1112枚。9月、902枚。10月、1061枚。11月、1016枚。12月、現在までで195枚。
写真をそれなりに考えて撮り出して9ヶ月が過ぎました。上記の枚数は、各々の月に写し、Flickrにアーカイブしたデジタル写真の枚数。当然ながら見るに耐えない画像も多々あって、アーカイブするに至らずな画像もあったワケですから、実際に切ったシャッターの数は5割増しといったトコロでしょうか。(全ての画像を公開しているワケではないので、アタシ以外の方が見た時に表示される数値は上述の物と異なります)
忙しい忙しいと言いつつ、チョコマカと時間を見つけては良く撮ったもんだとジブンなりには、ソコソコ評価してたり、手ブレ恐怖症という積年の恨みをこれで果たせたという、若干の満足感もあったりします。そう考えてみれば、投資回収率も案外悪くないと思えたりもします。
趣味なのかと言われれば、趣味とは言えず、どちらかと言えば記憶の延長線上に置いておきたいシーンをつなぎ止めておくための手法とでも言いましょうか。とりあえず、そういった写真すら満足に撮れなかったジブンが居なくなったのは喜ばしい限りです。
最初に相談に乗ってくれたY橋さんの店員さんの実直な助言にも助けられ、良い機材を勧めてもらって、その機材の素質にも助けられたのが大きいとも言えます。
普段、私達が目にしている光景というのは素直にその時の光の状態を受け止めた物ではなく、お脳が時系列に沿って「それらしく」処理を行った後の物で、かつシーケンシャルな情報なので、写真などの静止画像とは違う状態を「感じ」てたりするワケなのですが(レンズのデフォルメを除く)、その事を正しく理解できていなかったアタシは(要するにアホです)、見たままを見たままに撮れないコトに、最初はかなり悩み、戸惑いを感じました。それがやがて、見ている光景が「こう撮れるだろう」と予測できるようになった頃から、少しずつその違和感も払拭できるようになり、ある意味、自分なりの絵になってきたような気がします。嫁曰く、少しアンダー気味な画像。
以前「光が絵の具、レンズが絵筆」と書きましたが、最近は絵と言うよりも版画ではないかと思ってたりもします。もちろん構図を決めて「絵を作る」と言う行為自体は存在するし、描き出すための要領もいるので絵を描くのに似た部分もあるのですが、印圧やインクの加減を調整したり、銅版の面を磨いたり、機材を適切な状態で使うというテクニカルな面で作品のトーンが変わる部分は、どちらかと言えば、版画のような気がしています。
写真は、そこにある光を写し取る版画ではないのかと、今はそんなカンジがするようになってきました。
|by Nagarazoku : 10:44|コメント (0)|トラックバック (0)|
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