≪ 恵比寿と言えば前川デス |メインページへ戻る| 2CVでエスプレッソなマドレーヌ ≫
2005年10月31日
【
「納豆のたれ」が理解できない 】
まことに唐突かつ独断と偏見的な意見なのだが、「納豆のたれ」が理解できない。いや、アレが調味料として一般的に広く普及していて大容量パックで一般家庭向けの流通チャネルにのっかって流れてるのなら、その必然性は理解できるのかも知れない。
もちろんアタシに理解なんぞしてもらう必要はないのだから、「納豆のたれ」業者の皆さんは安心してもらってケッコウ。要するにアタシのアタマが硬いダケ。
しかしだ、一膳分づつに小分けされたパックに一緒に封入されている、使うか使わないかもわからない、いや、不器用な人なら開封すらままならない程の大きさの「納豆のたれ」の存在そのものが理解できない。アレを実際に毎度毎度キチンと開封して利用しているヒトの割合がどれほどの値を示すのか、ひじょ~に気になる。もちろん納豆そのものの小分けパックや、その包装のあり方にも文句があったりするのだが、ハナシが変な方向に脱線転覆しそうなので、今回は割愛。
基本的に「あてがいぶち」のブレンド済み調味料ほどキモチワルイものは無いと感じてるのはアタシだけなのだろうか? もともと納豆って、醤油でアレンジしてなかったっけ? 柑橘系の絞り汁や刻みネギ、もみ海苔なんぞを加えて「我が家流」で食ってなかったっけ?
それとも、いつの間にやらこういうものまで、袋菓子の如く均一に右倣え的な味で食うことがスタンダードになったのだろうか…。商品としての差別化がそのうちに標準的になって、陳腐化してしまい、その弊害すら撒き散らしているような、いないような。
じゃぁ、タレの小袋が入ってるモノには100%に近い確率で一緒に入ってるマスタードの小袋はどうなんだと言うと、マスタードは一般的に広く普及していている調味料/香辛料として許容できる。シウマイとかのパックにも付いてるし。
なぜか「納豆のたれ」はムダのような気がする。
なぜか「納豆のたれ」だけを、目の仇にしてみたりする。
要するにアタシの精神状態が少々おかしいのかもしれない。
しかしそれでも昔はこんなアタシも「納豆のたれ」をちゃんと取り置きしておいて、料理の際に使ってたりしたのだが、やはり何か違う。近年は冷蔵庫の肥しになる傾向が強いので、ゴミ箱へ直行していくケースが少なくない。我が家では救済方法の道も断たれてしまったのだ。
何とかこのムダを無くすことは出来ないのだろうか。それだと「納豆のたれ」業者の皆さんが困るのだろうか。
P.S.
ハナシは横に逸れるのだが、出汁醤油とかの手合いもなんだか理解できない。35%くらいは許容してるのだが、残り65%ぐらい出汁ぐらいは「ジブンで取れ」と言いたい。アレを使うくらいなら、出来合いの「つゆ」なり「たれ」なりを買えばヨロシイのではないかと思う。あんなもん買うなら、昆布とか鰹節とかイリコとかを買えば良いのではないだろうか。妙なトコロで「ひと手間」を絶賛するイマドキの文化ってば、妙なトコロで「ひと手間」抜きたがるのだから、やっぱり理解できない。
|by Nagarazoku : 00:14|コメント (0)|トラックバック (0)|
トラックバック・スパム対策のため、このBLOGへのリンクを持たないページから送られたトラックバックは自動的に拒否されます。悪しからずご了承ください。
また、このエントリと全然関係の無い内容のページからのトラックバックは、アタシ的な判断で勝手に削除します。これも又、ご了承くださいマセ。
■このエントリーのトラックバックURL ≫ http://www.nagarazoku.com/mvt/mt-tb.cgi/340