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2005年09月21日

【 シングル・ロードの潔さ 】

最近、よくノーマルに限りなく近い状態のSRを見かけるようになった。一時期、雨後のタケノコにように増殖したビンテージもどきなStyle優先のソレではなく、あくまでも道具として乗ってるような、そう言う雰囲気のSR。

初代のSRが登場したのは四半世紀以上前。各所がモデファイされたとは言え当時の面影を残している単車も珍しい。ぢゃぁ、ホンダのカブやモンキーはどうなるのかと言えば、アレはアレで単車とは違う別の次元の乗り物(セグ・ウェイとかと同じヨ)だから、比べようがない。

もともとビンテージを気取っていたワケでもなく、当初はXTの生い立ちを生かしてダートトラック・レーサー的な味付けを試みていたと、聞きかじった覚えがある。記憶にマチガイがなければ、ドライサンプのXT500のお下がりフレーム・パーツだとか、エンジンだとかを有効に利用していたと思う。確かに初代はSXと同系のキャスト・ホイールを履いていて、シングルポッドだったが、キチンとフロント側はディスク・ブレーキだった。タンクだって細身で側面はフラット。タンクの形状や、SP仕様の小さなシートカウルはどこかハーレーのXR 750を髣髴させなくもなかった。

右側へオフセットされた給油口は、ロードバイクではシンメトリなデザインが多かった当時としては、国産車でありながら、なんだかエキゾチックに感じたもの。ステアリング・ヘッドの後についていた、オイルの注入口もなんだか国産車っぽくなかった。

最近の事情には全然明るくはないんだが、良く見ればいつの間にか前輪のディスク・ブレーキが復活してる。環境に配慮したのか、やはりスタイル優先のドラムブレーキでは、バネ下が重くなりすぎ力不足だったのか。見ればサイドカバーのエンブレムもけっこうよさ気なモノが奢られてる。タンクの音叉マークだって昔のよりも立派な気がする。アタシが乗ってたヤツなんて、タンクに音叉マークこそ付いていたが(当時のYAMAHA製バイクには音叉マークは少なかった)それはただのステッカーだったような記憶がある。塗装もけっこう粗雑だったし、Fフォークのラバー・ブーツだって付いてなかった。

ほんの少しの間しか転がしてないから、偉そうにSRのコトをハナシできるような輩でもないのだが、それでも当時の面影を残すSRを見ると懐かしいなぁと思う。学生時代の悪友に街で会ったような、そんな感じ。

凛と澄ました銀色のシリンダー。「使えば焼けて当然なんです」と自己主張する排気管。アクルス・シャフトの後まで「すっ」と伸びた消音器。みればサイドカバーにはSince 1978の冠。その間に「出ては消え」ていった単車の種類は数知れず。シングル・ブームだのなんだのに微妙に流されつつも、生きながらえている姿は立派といおうか。要するにナニゴトもシンプルなのが大切であると言う手本なのだろう。
Our life is frittered away by detail... simplify, simplify.

われわれの人生は些細なことで浪費されている。簡素に、簡素にと心がけるべきなのだ。
-- Henry David Thoreau --
恐らく、こいつはまだまだ作られるんだろうな。時代が変わろうが、世代が変わろうが、これから先もも淡々とシングル・ロードを潔く走ってゆくんだろうなぁ。

|by Nagarazoku : 09:09コメント (0)トラックバック (0)

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