≪ 真っ青な花 |メインページへ戻る| Flickrアップローダ、Ver2登場 ≫

2005年08月16日

【 死ぬコトは悪いコトですか? 】

少々重いハナシです。

ナンでこんなハナシを書いてるかと言えば、厚労省の自殺防止のタメのデータベース云々のニュースが琴線に触れたから。世で専門家と呼ばれるヒトが自分のお得意の分野を雄弁に語り、机上論をコネクリ回してるだけに見えるのはアタシだけなんだろうか?

現代医療も、勢力を持つ宗教も、そもそもナゼ、死を能しとしないのだろう?
死後の世界を善としたのはエジプトだけなのだろうか(あえて善とする必要はないのだろうが)。

勢力のある宗教はどれも右に倣えして、死を能しとはしない雰囲気。現世では尊ばれつつ残された者に屍を拾ってもらい、有るかどうかも判らない彼岸での安息な暮らしを餌にしているアタリがとてもニンゲン臭いアイデアにしか思えない。あまりにもニンゲン臭くって、イヂワルなアタシは思わず笑みまで漏らしてしまう。

ハナシが脇へ逸れたが、政府がこの手のハナシに噛んでくると更に胡散臭く感じる。ニート対策の時と同じ。

税金を納めるヒトが減るから?
年金を納めてくれないと、将来この国が成り立たないから?

なんて下種な考えまで浮かんでくる。

当事者にしか判らないコト、見えないコト、感じられないコト。専門家と呼ばれる人たちは、そういった事柄に公因数を求めようとする。こういった問題を、それで解決できるかのように言う。

胸にバッジを付け下手なサラリーマンの年収を2ヶ月程度で手にする人たちや、死ぬまで食うに困らないオカネを持ってたり安定した地位に甘んじてるヒトが、ナンボ声高に失業対策や年金政策や税制のハナシをしても、真実味が無い。時間給900円で働いてる人たちや、手に職がありながらも若くないと言う理由だけで派遣社員として糊口を凌がねばならない人たちの気持ちなんて判りっこない。アタシの近しいヒトはこう言った。アタシもそのとおりだと思う。

省庁が腰を上げての自殺対策だって、同じように受け止めているヒトが居ないとも言えない。少なくともアタシは同じように受け止めた。

なるほど、それで自殺を思いとどまるヒトもいるだろう。でもそれは最初から「生きたい」と言う思いがその人にあったからだとアタシは思う。「生きたい」あこがれと、「死にたい」思いは、そもそも根本から違う。

「生きたい」ヒトが「生き難い」と感じ、悩む世の中は是が比でも良くしてもらいたい。これは切なる願い。ダレもがそう願うと思う。これは私達が構成している社会全体の問題だし、それに機能を与える政治の問題だとも思うし。私達一人ひとりの責任だ。

でも「生き難い」と「死にたい」では全然違う。ましてや、それを十束一絡げに扱い、死にたく無い人たちが外野でワーワー言うなんぞ、なんたる身勝手とアタシには思える。「コッチの水は甘いぞ」的な身勝手だと思う。

「死にたい」を扱うのは難しい問題だ。延命治療や末期癌患者の扱いも含め、「死にたい」と思う人たちの話はセンシティブだ。だからと言って自分の立ち位置を示すのが悪いとも思わない。そもそもアタシは死が悪いコトだとも思わない。大事なのはカンタンに自殺対策とか看板を上げるのではなく、「死ぬ権利」を、目をそらさずに考えようとする姿勢。

死に「思い入れ」があり、死にたいと願うのであればそれも能し。

この世に未練が微塵程でもあるなら、立ち止まるべきだと思う。そういったヒトは死んでも後悔しか残らんと思うし。アタシなんぞはこの世に未練があるから、叩かれても蹴られても、片足もがれそうになっても、こうやって這いつくばって生きてたりする。

|by Nagarazoku : 13:49コメント (0)トラックバック (0)

トラックバック・スパム対策のため、このBLOGへのリンクを持たないページから送られたトラックバックは自動的に拒否されます。悪しからずご了承ください。
また、このエントリと全然関係の無い内容のページからのトラックバックは、アタシ的な判断で勝手に削除します。これも又、ご了承くださいマセ。

■このエントリーのトラックバックURL ≫ http://www.nagarazoku.com/mvt/mt-tb.cgi/238



▼コメント(スパム対策のため、半角英文のみのコメントは受け付けていません。悪しからずご了承ください。)




保存しますか?