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2005年07月02日
【
1冊の本との出合い 】

食い物に関して漠然と「不味くなけりゃいいや」的な考え方を持ってたアタシは、1冊の本を読んで「あぁ、美味いモノが食べたいなぁ」と言う風に宗旨替えした。以前にも書いたかも知れないが、本のタイトルに惹かれて国立民族学博物館の石毛直道氏の著書などを読み漁っていたアタシだったが、それはもっぱら「食を通した文化考」的な視点に端を発するデバガメ根性的なモノでしかなかった。要するに知ってみて、ヒトとハナシをする時に知ったかぶりをしてアドバンテージを取りたい、ってなカンジの若造的発想だったワケだ。我ながら青い、青すぎる若造だった。
テキトーに本を読み漁る癖は今も昔も変わらないのだけれど、20代ももう終わりに差し掛かった年頃だったと思う、新大阪の東口にある当時行き着けにしていた「たかうち珈琲」と言う喫茶店の書架で、古ぼけた1冊の文庫本を見つけた。本のタイトルは「
ステーキの焼き加減」、著者は毎日新聞の社会部記者や論説委員を勤めた古波蔵保好氏。
氏の軽妙な筆致に吸い込まれるように、一気に読んでしまった。その後も、折を見ては珈琲一杯で粘りながら、何度も何度も飽きもせず読み返した。アタシも1冊欲しかったのだが、残念なコトに、すでに当時この本は絶版になっており、今のようにEC環境や公開型の古本データベースも存在しなかったため、購入する術がなかった。知り合いの古本屋に頼んでみたものの、市でも文庫本に関してはスルー状態なので「運がよければ見つけてあげる」と言う返事しかもらえなかった。
アタシは古波蔵保好氏の「
ステーキの焼き加減」から料理の「間」を学んだのだと思う。もちろん色んな店の名前や料理の名前も登場するが、氏が描き出すなんとも言い表しがたい絶妙な文章から、食べるモノに対する「接し方」や「間の取り方」を学んだのだ思う。それまでも趣味としての料理は得意だったし、人並み以上でデキるという自負もあってコトある度に友人等にジブンの料理を振舞っていたが、それは大阪弁で言えば単なる「自慢しぃ」でしかなかった。氏の本を読んで以来、モノを美味しく食べよう、美味しいモノをもっと美味しく食べようと言うキモチがアタシの中に芽生えた。いわば、180度の方向転換だった。実務から開発の現場へと移りジブンの置かれていた環境が変わって視野に広がりを持てたコトも、そう言う風に本の内容を読みとるのに一役買ったのかも知れない。本との出会いも一期一会だと、身を持って経験したワケだ。
ところで「たかうち珈琲」だが、アタシは今でも大阪に帰った時は時間が許す限りお邪魔する。新大阪駅の東側にあるので、新幹線の時間が来るまでの間、ゴミゴミした新大阪駅の中で待ったりするより、よほどココロが落ち着く。なによりも、こんなに美味い珈琲が東京では考えられない値段で飲めるコトに感謝するのだ。時には厚顔にも電源をお借りして、予約している新幹線の発車間際まで仕事をするコトもある。マスターには申し訳ない限りだ。そしてアタシが「たかうち珈琲」を出る間際に必ず書架の前に行き、例の1冊の文庫本を探す。今では手に取ることも無くなったが、その本がそこあるのを確かめるとナンだかホッとする。
P.S.
今、アタシの手元には比較的良好なコンディションの「ステーキの焼き加減」がある。Amazonのマーケットプレイスで手に入れたものだ。Amazon.co.jpもイロイロと影でウワサされているが、アタシ的にはこういう発掘モノこそeコマースが提供してくれる真価だと思う。
|by Nagarazoku : 13:48|コメント (0)|トラックバック (0)|
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