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2005年06月26日
【
時を刻む機械に教えられたコト 】
金曜日の午後、仕事の合間をぬって数寄屋橋まで出かけた。腕時計のオーバーホールである。「腕時計のオーバーホール」などと書くと仰々しいし感じがするし、アタシは普段腕時計をしないタイプの人間だから、なんだか腕時計のマニアな方々に申し訳ないような気もする。腕時計をする機会があっても嫁が持ってるGショックを借りるのが普通だったし、先日トレーニング用に購入したPolarも、データを取るとき以外は自宅の机の上にホッタラカシである。って言うか、ソレ以前に家に掛け時計も目覚まし時計も無いし。
そんなアタシがどんな腕時計を、なんでオーバーホールするのか?
ソレにはワケがあったりする。
その時計メーカーのロゴマークは1970年代後半に今のデザインになった。アタシ的に言わせてもらえれば、この新しいマークは、自動車のベントレーのロゴタイプに極似しているので嫌いだったりする。調べてみれば両社は2004年にパートナーシップを結んび、両方の冠を配したモデルも出てたりする(ヤヤコシイよな)。
アタシがオーバーホールに持ち込んだのは二羽の折鶴が飛んでいるようなロゴタイプを配した古いモノ。今ではあまり見かけないモノらしい。
アタシはガキの頃からジブンの興味がない物でも、どこか一点でも気にいった部分を持つモノは見逃さなかった。目ざといガキである。ある日、親父の腕時計が新しくなっていて、それに素敵なロゴタイプが付いているのを見逃さずこう言った「その腕時計いらなくなったらチョウダイ」っと。折鶴のロゴがスゴク気に入ったのだ(ケッタイなガキである)。確か小学校に上がってすぐの頃だと思う。飛行機ダイスキ人間だった親父はクロノグラフに目がなくその時計遍歴を上げたらキリがないが(ナゼだかロレックスだけは絶対に買わなかった)、その中でアタシの気を惹いたのは今手元に残っているコレだけで、どう言うワケだかその他のモノはみんなドコかへ行ってしまった。とにかくチャッカリ者のアタシは、中学校に上がる頃にはその腕時計を親父からまんまとせしめて、それ以降ずっと机の引き出しに放り込みっ放しだった。アタシの場合、収集癖とかカッコイイものではなく、クツを咥えてきて犬小屋の床下に埋めるイヌみたいなもんだ。
手に入れた当時、すでにコンディションは良くなかった。オーストリッチ製の皮のベルトは経年劣化でケッコウ傷んでいたし、時間が経つにつれ、机の引き出しの中でカビて切れかけてきた(親父の汗をかなり吸っていたのだろう。見てくれが悪いので、カビが酷くなった時点でアタシはベルトを引きちぎって捨てた)。文字盤をカバーしてるアクリル製の風防も陽に晒されて少々黄ばんでいたし、片隅にヒビまで入っていた。ヒビの理由を親父に聞いたコトがあるが、エンジンを整備してて(外せよ、整備中は…)にドコかにぶつけてヒビを入れたのだという。このヒビの所為で親父は新しい時計に買い替え、古くなったコレがまんまとアタシの手中に転がり込んできたのだから、ナニが幸いするか判らない。キャノピーにヒビが入らなかったら口約束なんて反故されて、いつものようにドコかへ消えていったかも知れないのだし。
とにかく、ずっと腕にはめるコトはなかったが、その後もアタシはこの時計を持ち続けていた。良く考えてみれば、海外を含め10数回の引越しの間も無くさずに持ってたコトになる。よほど折鶴のロゴが気にいってるのだろう。5年ほど前、日本に帰って来て荷物を解いた時にドコカの箱の中から「ポロリ」と出てきたのを改めて見て、それ以来「一度ちゃんとメンテナンスしないといけないなぁ」と思い続けてきてた。
昨年の6月に親父が他界したコトはすでに書いたが、ちょうど一周忌も明けたコトだし、正真正銘の形見になってしまったワケだし、奮発してオーバーホールに出しても良いかなと考えたワケだ。トボケタ親父のコトだから、彼岸から「ワシはそんな時計知らんぞ、ダレに貰った」っとかナン言ってるかも知れないんだが。
数寄屋橋にあるメーカー直営のスタジオ持ち込んで、担当者から開口一番出た言葉が「うわぁ、ビンテージですね。」だった。ナルホド、確かにアタシの中では単なる親父の古い腕時計だが、世間ではビンテージになる。指を折って数えてみれば35年以上前の時計だし。コンディションはアタシが思っていた程に悪くはないと説明を受け、陽に焼けてると思っていた文字盤も「これ位だったら、みなさんお使いですよ。交換する必要はありませんね」とプロの目から見たお言葉をチョウダイした。
と言うコトで、分解して磨耗しているパーツの交換と洗浄、風防の交換、そして新しいバンドの着装を基本に、もしもおかしな箇所があった場合は全て直してもらうコトで落ち着いた。その後、「ではお預かりいたします。お時間は3ヶ月ほど頂戴します」っと言うコトバを聞いた時『長くかかりすぎじゃないの?』っと、一瞬ジブンの耳を疑った。でも次の瞬間、良く考えてみればソレを『長い』と思ってしまうジブンの感覚の方がオカシイってコトに気がついた。
作業は全てエンジニアの手作業だ。出来ない修理など(ケースを変えることや、欠品していても新しく文字板を起こすことすら可能だと言う)無いに等しい環境を整えてる。必要となる部品のチェックやその調達も含めスイスとのやり取りを含む時間を考えたら、それでも充分にスピーディと言うものだろう。ナンでも「イマくれ、スグくれ、ハヤクくれ」的な風潮の感覚に流されてしまっている自分が恥ずかしかった。機械を維持するのには、ソレ相応の技術を持った人間に委ねるのが当然。必然的に人数も限られるから、それ相応の時間が必要。そしてそれらの環境を影で支える人々の連携も欠かせない。
クチでは簡単に「スイスとやりとりして…」なんて会話していたケド、限られた生産個数の中で、四半世紀以上前の小さな機械のこんな細かな型別の部品を維持管理しているコトを考えれば、こういったメカニズムが規則正しく動いているコトすら、正に時計仕掛けのようなもの。「一定期間は部品を用意しています」ナンて謳い文句で飾られた使い捨て社会とは全く違う。授業料は少々高くつきそうだけど、時を刻むこの小さな機械から、今まで接することのなかった文化を教てもらった。
|by Nagarazoku : 00:08|コメント (0)|トラックバック (0)|
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