≪ ペリカンケースを検討中 |メインページへ戻る| 時を刻む機械に教えられたコト ≫

2005年06月25日

【 志向とココロ、思考と知性 】

考える脳、考えるコンピューター」を読んだ。読んでいて、昔読んだ本を思い出した。ダニエル・デネットの「心はどこにあるのか」、そして神庭 重信氏の「こころと体の対話―精神免疫学の世界」。

「考える脳、考えるコンピューター」の著者は、PDAの代表格であるパーム・パイロットを生み出したパームコンピューティング社を創設したジェフ・ホーキンス。「心はどこにあるのか」を書いたダニエル・デネットは認知科学の第一人者であり、哲学者でもある。「こころと体の対話―精神免疫学の世界」を書いた神庭重信氏は、精神神経系の医師で大学での教鞭も取っている。

全く異なる切り口で全く異なるテーマを扱っているこの3冊、実は良く考えてみれば同じゴールを目指して書かれているのではないかと思ってしまう。っとココまで書いて、じゃぁ読者が読んでアタシと同じように感じるかは全然別の問題だから、っと先に断りを入れておきたい。あしからずご了承ください。

「考える脳、考えるコンピューター」は題名からもわかるように、人工知能の在り方を説いている本。こちらも専門知識なんぞ無くても、読み物として充分に楽しめる。如何にして知性を備え自律的に考える計算機を実現するのかを、脳の新皮質の構造とその情報処理手法を参考に新しい説を唱え、実践に結び付けている。外部からの刺激の処理のみに囚われていた従来の考え方を払拭し、フィードバックによってレベル分けした予測体系による処理の考え方は当然なモノ。優秀な人間でも、いかに目先のコトに意識を奪われやすいか、ソレを証明している点でも面白い。あのビル・ジョイの有名な論文"Why the future doesn't need us"とは真っ向から対立する考え方を述べている部分もあるが、ビル・ジョイほどストイックになるコトはないとアタシも思うので、このあたりは感覚を共有できる。

「心はどこにあるのか」も、内容は哲学的な切り口(アタシが読めるくらいだから、かなり敷居は下げてくれてるんだろうケド)で、著者も最後に「本書の多くは疑問から始まり、哲学書のつねとして答のないまま終わる」と結んでいる。それでも、高級な志向性の延長線上に生まれる思考と、何重もの自己監視システムを備えたところに、人間の持つ「心」が生まれるのではないかと投げ掛けているこの書から得られるモノは大きい。

「こころと体の対話―精神免疫学の世界」は体内の古く緩やかな情報伝達系と考えられる内分泌系と、新しく高速に機能する神経伝達系がどのようにバランスを取り、連携しながら身体に働きかけ、そして身体からのフィードバックを受け人間をニンゲンらしくたらしめているか判りやすく解説した本。この内容でこのお値段は超超超お買い得。

これらの本が同じゴールを語っているのではないかとアタシが思ったのは、3冊とも「心」のありかを探しているように思えたから。尽きるところ、やはりヒトにとって永遠の謎は捉えどころのないココロと言う存在なのだろう。かく言うアタシだって、こんな本ばかり手にしているのだから、心はドコにあるのか興味を持っている証拠でしょう。これら3冊は切り口や表現やアプローチは全然別だけど共通しているのは、志向性の先に知性が生まれ、その延長線上に知性や心があるのではないかとしている点。そして結局のトコロ、どこにも答えが書かれていない点。

逃げ水のように、手が届きそうで届かない。
ソコにあるようで、雲を掴むようなハナシ。

そこまでしてココロの秘密を解き明かそうとする私達ニンゲンって、やっぱり心に躍らされているような、そんな気がしないでもない。心と言うプロセスの最もコアなループの一つが、自分自身を捜し求めているように仕組まれているような、そんな気がしたりする。

|by Nagarazoku : 01:16コメント (0)トラックバック (0)

トラックバック・スパム対策のため、このBLOGへのリンクを持たないページから送られたトラックバックは自動的に拒否されます。悪しからずご了承ください。
また、このエントリと全然関係の無い内容のページからのトラックバックは、アタシ的な判断で勝手に削除します。これも又、ご了承くださいマセ。

■このエントリーのトラックバックURL ≫ http://www.nagarazoku.com/mvt/mt-tb.cgi/151



▼コメント(スパム対策のため、半角英文のみのコメントは受け付けていません。悪しからずご了承ください。)




保存しますか?