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2005年06月04日

【 医師は労働者ではない 】

日本医師会会長だった武見氏の持論に、医師は「名誉ある自由人である」と言うものがあった。方や医療の国営化を目指していた厚生省(当時)側には、1961年前後まで年医師を労働者として扱ってしまいたいという考えがあった(参照:誰も書かなかったに日本医師会)。いまでもこれらの考え方が、日本医師会と厚生労働省それぞれの血の中に流れている。コトバではない、在り方で伝わってくる。

アタシには、二つのアイデアはどちらも誤っているように思える。

そして本来であればチカラを合わせて、国民に医療というシステムを構築し提供なければならないこれら2つの大きな流れは、この考え方をひきずっている限り互いに相容れることができない。

関西医科大付属病院に研修医として勤務していた森氏が1998年の夏に過労死した事件で、最高裁の福田博裁判長は前回大阪高裁が出した判決を支持し、賃金の支払いを命じた。「研修医には教育的側面があるが、病院のため患者の医療行為に従事することも避けられず、労働者に当たる」とするもの(参照:読売新聞)。

過酷な勤務を強いられていた研修医の実態が明らかになり、それが労働と認められる形で、残された遺族に対する補償が確定したことは、ある視点でみれば喜ばしい。しかし過労死の問題として、単に「賃金」という労働対価を支払うというコトを認めるだけで終わらせてはいけない問題でもある。

医師は労働者であってはならないと思う。

アタシのコトを知っている人間はこれを読んで、またしても理想論を掲げていると言うかも知れないが、医師は労働者であってはならないと思うし、名誉ある自由人であってもいけないと思う。ヒトの命を預かると言う意味で、医師には素質が求められる。それは決して単純な物差しで計ることのできる学力や記憶力だけではなく、ヒトとしての在り方や将来性も含めた意味での素質だと信じて疑わない。

この素質を育て伸ばし、国民の生活に役立てるその仕組みや枠組みを国側が用意しなければならない。医師を単なる労働者で終わらせないためにも、意識を持ち、システムを作り上げる責任が国にはある。

そして勿論、システムを利用し医療サービスを受ける患者や国民にも責任がある。それは自らの疾病や傷害に向き合うだけでなく、医師や医療関係者に対し同じ目の高さで接し、システムへの参加意識を持つことだ。単に消費し消化してしまうだけではいけないのだ。医療とは消費するべきものではない。次へとナニカを継承してゆく意識を持つことが求められるのだ。

今の日本では感じるのは「互いに重い荷物を押し付けあってる」、そんなやり場のない空気だ。昨日の判決を耳にし、そしてまさくに氏のweBLogを読み、そんなことを漠然と思い返した。

P.S.
武見氏の言う「医師は名誉ある自由人である」と言う意見が間違っていると思うのは、それがprivilegeを指しているから。医師になることができる素質や才能はprivilegeではない、giftなのだから。

|by Nagarazoku : 00:05コメント (2)トラックバック (1)

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» 研修医とは何者か? from 誰でもわかる!最新医学ニュース
研修医は労働者ということになったようです。 僕もいずれは研修医になるので、他人事ではありません。 今回の裁判で関西医科大が主張したように、 「研修... [続きを読む]

トラックバック時刻: 2005年06月07日 19:44


▼コメント(スパム対策のため、半角英文のみのコメントは受け付けていません。悪しからずご了承ください。)

昔から「医は仁術」などと言い、医者とは特別な存在であったのですが、今の時代にはそうもいかない、ということなのでしょう。個人の権利を確保すれば、その一方で失われるものが出てくる。この壁をどうやって乗り越えるかでしょうが、知恵を出し合い、行政上の政策として、システムを作るしかないと思います。システムがないのに、「給料は払え」「身分保障しろ」「技術は自分で磨け」となると、教育する側の負担が大きすぎます。まして、学校でもないにもかかわらず・・・それを厚生労働省が求めているということになります。

政策バカ(臨床現場を知らない)か経済・経営・行政政策を考えない大学教授とか、金儲けばかりが気になる医師会役員とかが集まって決めることは、変な制度が多いということなのでしょう。

投稿者 まさくに : 2005年06月05日 14:56

>まさくに様:

コメント、アリガトウゴザイマス。

政策バカは良い表現ですね。仏を作って魂入れずではなくって魂の宿らない仏を作ってしまうようなモノでしょうね。巷ではサービス指向アーキテクチャなどと言う言葉がまことしやかに謳われていますが、そういった概念も取り入れて「機能」する枠組みを作ってほしいものですね。

世の中、動かないコンピュータだけでなく、動かない(動いても実を生まない)仕組みが多すぎます。

投稿者 Nagatazoku : 2005年06月06日 11:52




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