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|by Nagarazoku : 00:03|コメント (3)|トラックバック (4)|
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トラックバック時刻: 2005年05月12日 18:59
TBありがとうございます。
ご指摘の通り、齋藤さんがプロの軍人として現地で任務に
従事していたわけですから、イラク人で現在のアメリカ傀儡に
命がけで反発しているグループにとっては明確に「敵」でしょう。
そして、齋藤さんは戦闘行為の結果「捕虜」として拘束されて
いるというのが正確な表現だと思います。
命の重みは誰であれ等価ですよね。仰るとおり。
私は、誰を非難するとかではなく、齋藤さんの無事の帰還を
願っています。
投稿者 yasukichi : 2005年05月12日 00:25
TB有難うございます。いつもコメントも頂戴いたしまして、御礼申し上げます。と、カタイ挨拶はさておき・・・笑
日本人に自らの命を資本とするプロがいることに、正直驚きました。その一方で、プロ故に戦場の掟を知っていると思います。戦場での身の処し方は、恐らく「もののふ」そのものではないかと思います。傭兵部隊の同僚達の死を幾度となく目の当たりにして、命の意味を肌で感じていたんじゃないかと思います。
投稿者 まさくに : 2005年05月12日 11:09
TBありがとうございます。
今回の件は違う意味でも「命」の問題を考えさせられました。PMCを雇うのは「効率化」というのが建前ですが、別の言い方をすれば「命をお金で買っている」とも言えるわけです。米国は自国の兵士の死者数は把握していますが、PMCについてはそうではないようです。つまり兵士を送る側は自国の兵士が死ぬとそれに責任を負いますが、PMCの兵士が死んでもそれはお金で雇っているので、それこと「自己責任」となります。戦争を仕掛けた側にすれば、お金で済むなら「安い」ことかも知れません。
戦争の"民営化"は、行き着くところ命さえもコストの範疇に入れてしまうこと、命を単なる資本と考えることになりはしないかと、危惧してしまいます。
ちなみに、傭兵となって戦争を仕事とすると、人を殺すことに何の抵抗も無くなるそうです。ただ仕事として人を殺す、仲間が殺される、ということに慣れないと傭兵は出来ないらしいです。ただ、そんな自分に疑問を持ち、命の重さを改めて考え直したときが、傭兵の止め時でもあるらしいですけど。
投稿者 エントロ : 2005年05月12日 16:55