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2005年05月12日

【 国と言う単位では割り切れない 】

米国がイラクに対して行った行為は人道に反しているものだとアタシは思っている。そのコトを最初に断っておきたい。その行為を正当化するために、目先をコロコロ変えて理由付けしているコトも許せない。「欺瞞に満ちた言動」と言う表現はまさにコレを指す。

だからと言って、問題を更に複雑化している武装勢力の行動を支持する気もさらさら無い。しかし、彼らが米国に対して抱く感情がわからないワケでもない。土足で家に上がりこまれ、在りもしない証拠を探すタメに破壊の限りをつくされ、その上に居座りを決め込まれているのだから。そんな状態だったらアナタはいったいどう思うだろうか。

郷に入らば郷に従えと言うコトバがある。英語なら「Do in Rome as the Romans do」か。そして彼の地の教えでは「Occhio per occhio, dente per dente」と言うコトバもある。受けた痛みと同じ痛みを返す、たとえ敵対していても節度は守る過剰防衛はしないと言う。

そして今回の邦人拘束。この問題をどう受け止めて良いのか。流れている情報では米軍基地に物資を移送した帰路、事件が起きていると言う。

傭兵では無い、PMCだとされている。確かに傭兵は国家が兵士を雇うモノ。PMCは民間企業で警備会社だとされている。しかしコトバなんて関係ない。相手方からすれば、対立勢力側の警備/護衛にあたっていれば紛れも無い「敵方」のニンゲンではないのか。武器を携行していれば敵方の兵士ではないか。戦争とはそういうモノではないのか。

そして今回拘束されている邦人も、自分の命や同行している仲間の命が危機に晒された場合は迷わず引き金を引ける資質を備えていたからこそ現場に居合わせたのではないか。今回も拘束される前に銃撃戦があったと言う。命のハナシ、流された血のハナシをすれば、拘束されている邦人が発砲した銃弾が何人かの命を奪っているかも知れないし、何人かが負傷しているかも知れない。アタシの知る限り、その事についてダレも報じていない。報じないのは、それが邦人ではないからか。それとも米国政府やそれに同調した各国の行動が全て正しいとする暗黙の了解からなのか。

命の重さは、みな平等ではなかったのか。

これはイラク政府の問題ではない。なぜならイラクが米軍の占領下にあることは事実だからだ。米国とそれに歩調を合わせているメディアだけが戦争は終わったと報じ、勝手にそう思っているだけだ。

国と言う単位だけでは割り切れる問題ではない。これは私たちが命を疎んじたから生まれた問題なのだ。間接的な関係だからと軽く見るべきではない。マーク・ブキャナンの説く世界を垣間見れば、間接的な関係こそが世の中を大きく狂わせているのが明白なのだから。

P.S.
米国の一連の動きに関しては、広瀬隆氏がいつものように膨大な資料を基にした鋭い考察と推論を「世界金融戦争」とその周辺の著書の中で展開しておられる。興味のある方は是非ともご一読いただきたい。また国際問題に関しては田中宇氏のサイト「国際ニュース解説」が参考になる。

最後に社民党の福島瑞穂党首の発言についてヒトコト。問題の本質を理解できていないのなら、立場のあるニンゲンがカルハズミな発言をするべきでは無い。党のイメージも下がるし、何より元々怪しまれている政治家の品位を損なう。早めに釈明のコトバを聞きたいもんだ。

|by Nagarazoku : 00:03コメント (3)トラックバック (4)

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トラックバック時刻: 2005年05月12日 00:25

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トラックバック時刻: 2005年05月12日 18:59


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TBありがとうございます。

ご指摘の通り、齋藤さんがプロの軍人として現地で任務に
従事していたわけですから、イラク人で現在のアメリカ傀儡に
命がけで反発しているグループにとっては明確に「敵」でしょう。
そして、齋藤さんは戦闘行為の結果「捕虜」として拘束されて
いるというのが正確な表現だと思います。
命の重みは誰であれ等価ですよね。仰るとおり。
私は、誰を非難するとかではなく、齋藤さんの無事の帰還を
願っています。

投稿者 yasukichi : 2005年05月12日 00:25

TB有難うございます。いつもコメントも頂戴いたしまして、御礼申し上げます。と、カタイ挨拶はさておき・・・笑

日本人に自らの命を資本とするプロがいることに、正直驚きました。その一方で、プロ故に戦場の掟を知っていると思います。戦場での身の処し方は、恐らく「もののふ」そのものではないかと思います。傭兵部隊の同僚達の死を幾度となく目の当たりにして、命の意味を肌で感じていたんじゃないかと思います。

投稿者 まさくに : 2005年05月12日 11:09

TBありがとうございます。
今回の件は違う意味でも「命」の問題を考えさせられました。PMCを雇うのは「効率化」というのが建前ですが、別の言い方をすれば「命をお金で買っている」とも言えるわけです。米国は自国の兵士の死者数は把握していますが、PMCについてはそうではないようです。つまり兵士を送る側は自国の兵士が死ぬとそれに責任を負いますが、PMCの兵士が死んでもそれはお金で雇っているので、それこと「自己責任」となります。戦争を仕掛けた側にすれば、お金で済むなら「安い」ことかも知れません。
戦争の"民営化"は、行き着くところ命さえもコストの範疇に入れてしまうこと、命を単なる資本と考えることになりはしないかと、危惧してしまいます。
ちなみに、傭兵となって戦争を仕事とすると、人を殺すことに何の抵抗も無くなるそうです。ただ仕事として人を殺す、仲間が殺される、ということに慣れないと傭兵は出来ないらしいです。ただ、そんな自分に疑問を持ち、命の重さを改めて考え直したときが、傭兵の止め時でもあるらしいですけど。

投稿者 エントロ : 2005年05月12日 16:55




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