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2005年04月19日

【 グラフィックスvsオフィス 】

1994年にAdlus社の名前が消えた時、選択肢が減ることにものすごく不安を覚えた。夜ごと赤本を紐解き、Postscriptプログラミングに没頭して社内の日本語出力環境の整備にい勤しんでいたものの、それほどAdobe社に好感を抱いていなかったからだ。Adobe社がPostScriptというインタプリタ言語を世に送り出し、Encapsulated PostScriptやPortable Document FormatといったASCIIフォーマットによる汎用出力のグランドデザイン築き上げた功績は素晴らしいと思うが、その一方で何か得体の知れない執念のようなものを感じていたからだ。

Adlus社の解体後、DTPと言うコトバを生み出したソフトウェア「PageMaker」はAdobeの元で細々と販売が続けられ、AdobeのIllustratorと人気を分かち合っていたベクター・グラフィックス・エディタ「Freehand」はMacromedia社に引き取られた。この時、Adobe社は圧倒的に遅れを取っていた日本語組版における文字詰めの問題を解決するための基本的な技術を手中に収め、その後のリリースとなるIllustratorにその技術を組み込み、一気に支持率を高めた。

またこの時、Freehandを得たことでMacromedia社は開発の難しいベクター解析エンジンを手中に収めることに成功している。インターネットを利用しているユーザなら誰でもFlashと言う名前を聞いたコトや、Flashによるアニメーションを見たことがあると思うが、Macromediaは後にこの技術を開発したメーカだ。この時、FreehandをMacromedia社が手にしていなければ、ひょっとするとFlashは生まれず、AppleのLive Objectsが市場を席巻していたかも知れない。

現在PCやMacintosh用のグラフィックス・ソフトウェア、特にプロシュマー市場ではAdobe社とMacromedia社が2強とされている。そして今回、Adobe社がMacromedia社を吸収合併することになった。

ご存知のようにDTPやWebパブリッシングの分野におけるソフトウェア市場は成熟しきっており、今後爆発的な市場の拡大は見込まれない。ワンオフのイラスト製作や少数ページの製作物、そして学術出版のような定型モノの分野ではAdobe製品も強いが、商用の多ページものなど旧来からの雑誌製作の分野では、いまだにQuark社のQuarkXPressが絶大な信頼を得たままだ。パイは限られており、これ以上食い込める余地はかなり少ない。

Adobe社の次期GoLiveがMobableTypeへの対応を謳ったことは記憶に新しいが、フォーマットの定型化が進み、Webパブリッシングにも第三の波が訪れつつある。今回の両社の合併は、互いにパイを食い合うことで互いの体力をムダに消費するのではなく、新たな可能性を模索すべく見出された苦渋の決断のようにも受け止められる。Adobe社はこれまでも今回のような事態を予測し、Quark社に長年ラブコールを送り続けてきた。Quark社はそれに応えなかったが…。10年以上前からソフトウェアに厳重な物理的コピープロテクトを施してきたQuark社の製品は、同社のソフトウェアを使うことに対する誇りと自信をユーザに与えた。販売価格も高く、プロのツールとしての位置付けを常に貫き通した。Quark社はそうやって、デザインや出版業界の中でもほんの僅かしかいないロイヤルカスタマーを手中に収めててきたのだ。動くはずもなければ、動く必要もない。

一方、Adobe社はMicrosoft社にも似た戦略でユーザ数を増やしてきた。コピー・ソフトウェアの容認である。これまでのAdobe社製品はシリアルナンバーさえ手に入れば、事実上無制限にコピーが可能だった。最近は規制が厳しくなったが、1997年頃までは少し探せばWeb上に幾らでもAdobe社の製品のシリアル番号を列記したページがあった。見てみぬフリなのか、それとも本当に気が付かなかったのか、完成度の高いアプリケーションとそのような環境のおかげてAdobe社は多くのユーザを手に入れた。プロシュマーなら、最初はコピー・ユーザでもいつかは製品版を買う可能性がある。ましてやプロであれば出力環境はPostScriptを利用しているはずだから、二次的とは言え、Adobe社にロイヤリティを支払っていることになる。しかし、プロシュマーのパイは埋まりつつあり、残されているのは収益に結びつかないコンシュマーだけとなった。次期バージョンのAdobe製品はアクチベート機能が実装され、事実上コピーも不可能になる。真剣に次のステップを考え始めたのだ。そして幸いにもAdobeにはPortable Document Format(PDF)と言う武器がある。

Microsoft社がこのPDFに脅威を覚えているのは確かだ。PDFはその名の通りポータブルだ。Adobe社のリーダ環境をインストールできるデスクトップやDisplay PostScriptを利用した環境であればどのような環境でも描画できる。必要なフォントが搭載されている必要もあるが、それもフォント自体をファイルに埋め込むコトで解決が可能だ。限りなく紙に近い環境を提供したいという同社のビジョンを色濃く反映した製品でもある。Microsoft社がいかにこのPDFを脅威に思っているかは、同社のOfficeに標準でプラグインを実装していないコトからも伺える。これほど広いユーザ層、とくにオフィス・ユーザ層から支持を受けているファイルフォーマットをMicrosoft社が標準サポートしていないのは、あまりにも理屈が通らなさ過ぎる。ほんの少し(Microsoftからすれば)のロイヤリティを支払うだけでフィルタ機能は実装可能なのに、である。事実、SunのStarOfficeなど、他のOfficeスイートは標準でPDF書き出し機能を備えるものが多い。

Microsoft社もOffice市場のパイを食いつくし、残されているパイに対して訴求力があるのは文書管理やバージョン管理、そしてファイルの可搬性とセキュリティである。この機能すべてがAdobeのPDF技術と真っ向からぶつかり合うのだ。しかもAdobeのPDFはLinux環境を含むメジャーなデスクトップに全て対応している。Microsoft社のOfficeはWindowsとMacintoshだけだ。どのような環境でファイルが製作されるかは別として、その後の工程を他社に押さえられてしまうのはMicrosoft社としても面白くないハナシだろう。

まだ何も見えていないに等しいが、今回の合併でソフトウェア市場の成熟と共に新たなフェーズが始まったことを実感した。グラフィックスvsオフィス。バーチャルな紙を目指すAdobeとバーチャルなOfficeを目指すMicrosoft。果たしてその軍配はどちらに上がるのだろうか。

|by Nagarazoku : 00:03コメント (0)トラックバック (0)

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