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2005年04月13日

【 蕎麦とステーキ 】

親父はハイカラな人だった。アタシは彼が42歳の時に生まれた子だが、赤ん坊のアタシを抱いてハーレーに跨ってる親父の写真があった。記憶に誤りがなければ真っ赤なハーレーである。今から40年前に真っ赤なハーレーで、まだ舗装されていない道も多く残る北摂を疾走するオッサン…。考えただけでもハイカラだ。アタシも親父の血を引いていて単車乗りだったが、体力に限界を感じて33歳で降りた(アタシは親父とは正反対のBMW派で、単車においても親子間の確執はすさまじいモノであった)。

そんな親父がこよなく愛したのがステーキだった。いやこの際、ビフテキと称する方が素敵かも知れない。ハイカラな親父はビフテキを愛した。アタシがまだ幼い頃は親父も「良き」家庭人であろうとしていたようで、週末は外食が定番だった。ナニゴトにも格好から入るヒトで、ハナタレ小僧だったアタシにも革靴、白いカッターシャツ、赤い蝶ネクタイ、サスペンダー、ブレザー(言ってみりゃ腹話術の人形みたいな出立ちだな、今思えばハズカシイ)を着せ、養母もオメカシをして、本人も誂えモノのパリっとした背広(死語に近いな)を着て、毎週のように京都の3条、新京極界隈へ引っ張って連れて行かれた。

さてここで問題発生である。今でこそレストランは嫌いではないが、ハナタレ小僧だったアタシは、ああいった堅苦しい場所が嫌いだった。食って美味いと感じるモノも限られてた。親父が女給さんやウエイターさんとハナシをしてる素振りも、なんだか「良いヒト」ぶってる様子でシャクに触ったし、なによりも食事に時間がかかるのもイヤだった。

ガキのクセに蕎麦が好きだったアタシは、蕎麦屋でニシン蕎麦かザル蕎麦をササっと食いたかった。そうでなくても京都はけっこう美味い蕎麦屋も多い(卑しいガキだったアタシは一度行って美味かった店は絶対に場所を覚えてた)のだ。方や親父は「家族との外食」でわざわざ蕎麦なんぞ食わん。なにかをキッカケに京極の繁華街の真ん中で親子ゲンカが始まる。「先週は譲って洋食屋にしたから今週は蕎麦にしろ」とか、「そんな頼りの無いモノは晩飯にならん」とかその手合いのケンカである。

今考えてもケッタイな親子だ。ガキが蕎麦で父親がビフテキか。。。

思えば面白い人だった。自分が興味を持ったことはトコトン追いかける。趣味に湯水のごとくカネをつぎ込む。女子供が明日の食い扶持に困ってても関係ない。飛行機が好きだったから免許を取ってセスナを買った(オイ!)。車や単車が好きだから次々乗り換える。増築したくなって、自分で出来そうだと思えば本格的な大工道具を一式揃えて、イチから勉強して建て増ししちゃう。その間の半年間、仕事はお休みだ。オンナのウワサもチラ~りホラりで、冷戦状態が続いたコトもあった。15年ほど前、ようやく枯れて落ち着いたかなと思えば、三重県の山奥に別邸を手に入れ、母をほったらかして、勝手に自分だけ隠居を決め込んでしまった。アタシの辞書で「自己中心」のと言うコトバを引けば、顔写真入りで彼のコトが書いてある。

親父の生きてる顔を最後に拝んだのは去年の今時分だ。

一緒に税理士の処へ行った帰り、大阪駅の前で親父を車から降ろした。後姿は今でも忘れない。送って行くと言ったのだが、絶対に一人で帰ると言ってきかなかった。今思えば、生まれ育った大阪の町並みを気の済むまで眺め、自分の足で雑踏を気の済むまで歩いてから帰りたかったのだろう。自分のコトは自分がイチバン判ってる、ナンでも一人でしたい、そういうヒトだった。杖も持たずに、足を少し引きずりながら、ゆっくりと人の流れの中に吸い込まれて行った。あの日の朝、高速を飛ばして山の家まで迎えに行ったときも、麓の駅の駐車場まで自分の車を下ろすと言ってきかなかった。最初から、電車で帰るつもりだったのだろう。

その前の春に脳梗塞で倒れた後、まともに歩けもしないのに主治医の反対を押し切って1週間で勝手に退院し、その日の内に車を運転して(ハタ迷惑なハナシだが)山の家まで戻った親父。山の家で自分一人でリハビリに励んだ親父。ナニクソと言う気持ちは人一倍強いヒトだった。医者からは「革靴を履くな、運動靴を履け」と言われていたのに「格好が悪いから」と人前では絶対に革靴で通した。杖を持てと言われてたのに絶対に持たなかった。車を運転するなと言われたのに、最後の最後まで車を足代わりにしていた。一人暮らしをするなと言われたのに、山の家で最後まで一人暮らしをした。

通夜の夜、養母が寝た後、ビールでも飲もうと台所へ行って冷蔵庫を開けたら、パックに入ったステーキ用の肉が3枚も出てきた。「相変わらずだった様子ですな。アタシは蕎麦かステーキかと訊かれたら、やっぱり今でも蕎麦だ」そんなコトを思いながら、缶ビールちびちび飲んでた記憶がある。

桜の終わる季節は去年までナンとも思わなかった。

でも最後に親父の顔を見たのがこの季節かと思うと、少し感傷的になるな。まぁいいや、ビールでも買ってこよう。

|by Nagarazoku : 00:04コメント (0)トラックバック (0)

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