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2005年04月20日

【 Never regret, Never forget 】

トップ・アスリート達が現役を去る時、その決意を、彼らはどのように固めるのだろう。サンフランシスコ49ersのジョー・モンタナは「朝起きたら、アメフトが仕事のように思えたから辞める」と言ったそうだ。確かに、仕事では余りにも躍動感を感じない。仕事だと言い切ってしまえば感動がなさ過ぎる。そして仕事と呼ぶには余りにも過酷だ。全力を尽くして生き様を見せ、私たちに感動を伝えている彼らのそれは、確かに仕事であってはならない。きっとコトバでは言い表せない何かなのだろう。

今シーズンでランス・アームストロングが引退する。

自転車競技に興味の無い方でも、ツール・ド・フランスの名は耳にしたことがあると思う。フランスとスペインの国境に連なるピレネー山脈、そしてフレンチ・アルプスの険しい峠を自転車で駆け抜ける23日間の過酷なレースだ。1999年以来、ランス・アームストロングはこのレースで過去最多の6連覇を達成しており、恐らくこの7月に開かれる2005年のレースでも優勝が予測され、7連覇もほぼ確実視されている。

その彼が今年のレース結果に関わらず、そのレースを最後に引退する旨を表明した。

しかし彼の本当の功績はスポーツ選手としてのそれではない。スポーツと言う枠組みを超え、人間の持つ強さを、意志のチカラを私たちに伝えてくれた。この6年間、彼が残してくれたのは、多くの癌患者への希望と勇気だ。彼自身「ツールを制した人間」として人の記憶に残るのではなく、「癌を制した人間」として記憶に残りたいと多くの場面で発言している。そう、彼は25歳という若さで睾丸癌による闘病生活を余儀なくされた。25歳と言う年齢からも推測できるように、発見されたとき癌はかなり進行しており、脳と肺にも転移していたと言う。一度は社会から完全に取り残され、全てを失いかけた経験を持つ。決して無傷のスーパー・ヒーローではない。そして自らの意志と長所を活かし、今のステージに立った一人の人間なのだ。

ただマイヨ・ジョーヌのためでな復帰翌年の1999年、奇跡の優勝を果たしたニュースは在米中に知った。CNNのニュースを聞き間違えたとのだと、アタシは真剣にジブンの耳を疑った。確か彼は癌で…、その後プロ復帰の話までは知っていたが、まさかの優勝。治療は困難を極めて、プロへの復帰も広告塔的な役割ではなかったのかと、愚かな先入観を持っていたからだ。しかし彼は違った。以前の、鼻持ちならないスター選手としての彼ではなく、人間味溢れる選手として、そして最高のアスリートとして復帰していた。

彼は自らの著「ただマイヨ・ジョーヌのためでなく」の中で、仕事でしかなかった自転車が癌によって生きる糧に変わったとしている。そして6連覇。彼は生きるために再びハンドル・バーを握り、そして頂点へ上り詰めた。

その彼が現役を去る。少し寂しいような、それでいてホッと胸をなでおろすような。正直、もうこれ以上身体を痛めつけなくてもアナタの想いは人々の胸に届きましたよ、と伝えたい。生きることを見出したヒトだからレースの現場を去った後も、きっと積極的に様々な活動を続け、人々に勇気を与えてゆくだろう。その勇気はヒトからヒトへと伝わり新しい勇気を生み、希望の灯を点してゆくだろう。

ありがとうランス、長い間お疲れ様でした。今年の優勝、そして引退後の活躍も期待しています。

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